大学病院での診察

小児科の診察室は10部屋あり、ドアにはそれぞれ番号が書かれており、その番号の下にはゾウやライオン、シマウマなどの動物の絵が描かれていた。通院していた近所の病院とは違い、明るく大きく白いという印象だった。

待合室には、僕よりも年下の子どもが多く、母親と話をしたり、母親の膝で寝ている子どももいた。どれくらい待っただろうか。マイクを通した女性の声で僕と兄の名前が呼ばれ、「1番にお入りください」というアナウンスが流れた。

母親がノックをして入り、次に兄、そして僕の順で入った。父はなぜか待合室で待っていた。部屋に入ると背もたれがある大きな椅子が見え、部屋は消毒液の匂いもしなかった。

その椅子には、髪の毛を艶出しのワックスで固め、男性専用の香水をつけた、黒縁の眼鏡をかけた高齢の医師が座っていた。近所の冗談ばかり言っている先生しか知らなかった僕は、“これがテレビでよく見るお医者さんだ”と思い緊張した。

その後ろには、看護師さんが立っていた。先生は僕たちの方をちらっと見ただけで、紹介状であろうか用紙をずっと見ていた。しばらくしてから、聴診器で胸の音を聞かれたが、和歌山の時とは違い数秒で終わった。

“これが本場のお医者さんなのか。一瞬でわかるんや”と一人で納得していた。すると、「お母さんとお話があるから少し外で待っておこうか」と、先生はカルテを書きながら言った。

僕は“僕たちの病気のことを絶対話すんだ、僕も聞きたい”と思ったので、

「一緒に聞く」と言った。

でも、母が、「外で待っておきなさい、あとでちゃんと話してあげるから」と言い、背の高い看護師さんが僕と兄を診察室の外に連れ出した。すると、母が診察室の中から父を手招きし、父も診察室の中に入って行った。

僕と兄は、外の長椅子で待っていた。テレビでは子ども向け番組が流れていたが、僕は一切見なかった。

“なんで一緒に聞いたらあかんのやろ、自分のことやのに”“ずるい、みんなずるいわ” と疑問と腹立たしい気持ちで、診察室「1」の数字の下のライオンをずっとにらみつけていた。時間にして30分くらいであっただろうか、すごく長く感じた。

診察室の扉がゆっくり開き、父と母が出てきた。父は今まで見たことのないくらい落ち込んだ表情であった。でも母は、笑っていた。僕には、その対照的な表情が印象的で、一体何が話されていたのか気になった。

母から、今日から入院すること、完全看護といって僕たちの年齢では親は付き添うことができないことを話してくれた(今は多くが完全看護であるが、当時は珍しかった)。