想定以上にまともな計画だった。労働条件も妥当だ。ただ、気になる点がいくつかある。来週、大将に逆提案してみよう。偏屈者の面目躍如といこうか。

真剣に読み直す。最大の懸念材料は鷲尾というトップが信頼できるのかどうかという点だ。持ち合わせている情報は、いかんせん乏しい。

山口県出身◇地元の高校を優秀な成績で卒業◇東大法学部に入学◇在学中に仲間とともにインターネット関連の学内ベンチャー立ち上げ◇国家公務員試験に合格、産業経済省に入省◇入省三年で退職、MJHの前身となるベンチャー企業創設。

とおりいっぺんの無機質な活字が並ぶ。これは周辺を洗い直す必要がある。新聞を単なる金もうけの手段と考えているとしたら願い下げだ。編集権の独立は絶対に譲れない。ここは一札(いっさつ)取っておく。新機軸の内容がいかんせん薄い。編集方針も全面的に書き直そう。

あれっ? 結構、前のめりになっていやしないか? 自問自答する。新しいメディアに挑戦する鷲尾の姿勢に魅かれた感は否めない。編集、取材体制や人事を含めた大幅な権限委譲、完全な実力主義も気に入った。

冷静に考えると、鏡が左右あべこべに見えるように、今の立ち位置に満足していない己の情けない風姿が、鏡の向こうから自分自身を見つめている。


1 大和国葛城や大峰山で二十幾年修行を積んだ飛び加藤は上杉謙信に仕えようと近づく。ところがそのすさまじい術技を忌まれて、毒入りの酒で謀殺されようとした。飛び加藤は「最期の芸」と言って、酒器を傾けると二十ばかりの人形が転がり落ち、手足を舞わせて躍り始める。一座があまりの奇異に驚くなか姿を消す。次に仕官を試みたのは武田信玄だった。この甲斐の虎は「すだま」= 魑魅魍魎(ちみもうりょう)に用はない、と銃殺させてしまう。

2 君子、つまり立派な人は、他人と協調することはあっても、媚(こ)び諂(へつら)ったりしない。小人、即ち、つまらない人はその逆で、媚びたり、おもねったり、むやみに同調することは上手でも、協調しない。「右顧左眄(うこさべん)せず」は右をキョロキョロ、左をキョロキョロ、見回しているばかりで決断しないのは最低だ、周囲を過剰に忖度(そんたく)したり、無用に斟酌(しんしゃく)したりせず、自信を持ってわが道を行けというメッセージだった。 

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