読後感――読書から学ぶ感性

旅の印象

この旧福浦灯台の歴史を紐解くとき、近代交通史に残す業績は多大なものがあります。

旧福浦灯台は今から400年もの前、すなわち慶長年間、地元の日野長兵衛がかがり火を焚き、暗夜の船を守ったことに始まります。

代々日野家が灯明役を引き継ぎ、明治9年日野三郎によって現在の灯台が作られました。北前船の航路を照らしその繁栄を支えてきたという歴史をふりかえり見るとき、人間の個人のなせる業とそれを引き継ぐ人間の偉大さを教えられます。

郷愁を誘いつつ荒海に向かって超然として立つ古き木造灯台には一抹の哀歓が漂います。これぞ能登の象徴でなくて何としよう。

二つ目に何を挙げたらよいか迷うところですが、この際文化的、精神的遺産の一つとして「総持寺祖院」(Sojiji ancestor temple)を挙げたいと思います。

半島の中部、海岸沿いの道下サンセットパークからほんの少し内陸部に位置します。ここに永平寺と並ぶ禅宗のもう一つの総本山の元祖寺院があることはよく知りませんでした。

私の生家は丹波夜久野の禅宗の寺の檀徒ですが、鶴見の総持寺が本山で、この総持寺の祖であるらしい。そんなことを覚えながら今回立ち寄ることにしました。

1321年に開山された古刹です。前の能登沖地震でかなりの被害を受け、講堂はじめ草堂は大修復中です。講堂はまだ支柱で支えてあり、この日も雲水20人余が大きな扉の立て付けを直していました。

やはり禅道場のこと、久しぶりに雲水の姿を見ました。外国人の雲水も見かけました。門前町も震災後整備されたばかりです(しかし人は少ない)。

明治31年、ここの七堂伽藍の大部分が災禍のため焼失し横浜市鶴見に移転することとなったといいます。他に神社仏閣では豊財院や、奥能登最古の真宗寺院「阿岸本誓寺」、日蓮宗の「妙成寺」、気多(けた)大社などなど信仰の霊場が多く存在します。