あわら温泉物語

湯けむり創生塾は、その後集客力のある「屋台村」を作ろうと函館や八戸などの先進地視察を重ねた。

そして、度重なる協議の末に彼らは福井県が新設した「地域ブランド創造事業」補助金を利用し、街中散策の中心地を整備する「湯けむり再生プロジェクト」を、市や観光協会、商工会、旅館組合などで構成した組織で推進することを決定した。

ある日、前田はその実行部隊「湯けむり創生塾」のメンバーを集めて最後の資金作りについて相談していた。前田が説明する。

「本プロジェクトのメインとなる『湯の町公園』には、『屋台村』、『足湯』、そして昨年焼失した芸妓組合の『検番』を建設して、これらを集約する方向で、県の補助金の三千万円は野中先生に確保してもらう。

加えて、あわら市から五百万円、旅館組合からも五百万円の補助を受けるところまで来たが、『屋台村』の建設費の残り一千万円が手当できてない状況や。それについて話し合いたい」

「一千万円なんて我々には到底用意できないから、福井信用金庫に借りるしかないと思うけどな」

「ほやけど、信金にしても、桜井支店長がいくら良い人でも何の担保もない我々にそう簡単に貸せんやろ」

「やっぱり、人的担保しかないな。我々世代では家や会社の財産は皆親の名義になってるさけ保証人にはなれんからな……誰か保証人になってくれる人えんかなぁ」

「それに湯けむり創生塾は任意団体やで、借主は個人にするしかないと思うけど」

「……」

しばし、重苦しい沈黙が彼らに覆い被さった。そして、その沈黙を打ち破るかのように、前田がきっぱりと言い切った。