【前回の記事を読む】信じていたし、死ぬまで見守ってほしいと思ってた。昨日のあの電話までは…。馬鹿!弱虫!卑怯者!裏切り者! 大好きだったのに。

遮断機

(笑わせるな! 勝手な屁理屈こきやがって。冗談で軽口を叩いただけじゃないか。くそっ! 今の時期、仕送りが届いたばかりで、懐具合は悪かぁねえや)

珍しく長い雅子からの手紙を二度読み返した恭平は、強気な言葉とは裏腹に、雅子との別れの予感が胸いっぱいに広がっていくのを止めることができなかった。

右手に手紙、左手に一万円札を握りしめ、放心したように四畳半の部屋に大の字に寝転んだ。雅子の性格は熟知していた。それだけに翻意させることの難しさも解っていた。

(雅子は、もう俺とは会おうとしないだろう。あいつは妙に潔癖なところがあって、そのうえ頑固ときているから、一度言い出したら聞きやしない。それに、これだけの手紙を書くってことは、よくよくのことに違いない。でも、何としても誤解を解かなくては……)

考えているうちに、恭平は寝入ってしまった。

再び目を開けた時、既に外は暗く、開け放した窓から流れ込む冷気に身震いをひとつして体を起こした。

こんな憂鬱な気分の時は、暗くて寒い部屋は良くない。まして、空腹はいけない。

つまり、恭平は今、最悪の状況に在る。

「よしっ」

勢いよく立ち上がってジャンパーを羽織り、スニーカーを履いて外に出た。

西武新宿線中井駅にある行きつけの中華料理店に入り、炒飯とラーメン、それにレバニラ炒めを注文した。この店の炒飯は、炒り卵が半熟のスクランブルエッグみたいにジューシーで、パラパラ炒めのご飯と絶妙に調和して、恭平は豪(えら)く気に入っていた。

ラーメンの汁も残さずきれいに飲み干し、やっと空腹から解放された恭平は徐々に思考力を回復させてきた。勘定を払い、楊枝でシーシーハーハー言わせ、雅子との関係修復の手立てを考えながらジャンパーの襟を立て、当てもなく歩き始めた。

(何としても弁明しなくては。このまま別れることなんかできはしない。別れる気なんか歯の間に挟まったレバーの滓(かす)ほどもありはしない。しかし、雅子が一旦言い出したら、生半可なことでは聞かないだろう。先ずは、三万円を返そう。それも、ただ送り返すのではなく、何か上手い口実をつくって。くそっ、それにしても、雅子の馬鹿野郎が……)

恭平は、そのまま灯りの消えた寒い部屋に帰りたくなかった。友達に会って喋るのは、なおのこと億劫だった。

カンカンカンカン、カンカンカン……

中井の踏切の警報が鳴り、遮断機がゆっくりと下り始めている。その前に立ち止まり、やって来た電車が西武新宿行であることを確認して、駅に向かって駆け出した。

改札を擦り抜け階段を二段跳びに駆け上り、ホームを走って一番近いドアを入った途端、ドアは閉まった。