生徒たちは、愛のような正義感を持った生徒は卒業してしまい、もう誰も恵理を庇わなかった。一人だけ庇うと今度は自分も恵理みたいにいじめられるんだと、つまり空気を読んでいるからだ。子供といっても案外残酷なところも持ち合わせている。素直なもので面と向かって罵ってくる。
恵理は罵られるとよく泣いた。泣くと更におもしろがって罵ってくる。だから、恵理は早く学校を卒業したかった。進学したら八丈島や、本土の高校に行くからいじめはなくなると信じていた。高校進学は当たり前なことと思っていた。
また、思春期を迎え、父親を見る目も変わってきた。漂流事故前まではあれだけ好きだった父親が、今ではいつも機嫌が悪く、恵理にとっても煙たい存在になっていた。それでも、学校で罵倒されている父親に対して嫌悪感を持ってしかるべきなのに逆な思いでいた。生まれ持って優しい性格の子に育っていた。むしろ父親がかわいそうに思っていた。
祐一は、あの事故以来、生業の漁業が、船を使えないので収入が激減して思うようにいかないと家族にあたり散らしていた。怒鳴っても智子も恵理もおとなしくするだけなので自分の怒りが手を上げることで少しは紛れることを知ってからDVが常態化していた。
冬になって時化の日が続くと、いよいよその怒りが荒れ狂う太平洋のようになった。時化の日は海に出ても釣れないことがわかっているので、出るだけ無駄だと思って家の中で朝から島焼酎をあおるように飲み、酔っ払うと智子と恵理にDVを繰り返した。
根っから優しい心を持つ智子は、あの事故以来変わってしまった祐一が不憫でならないと思い、痛々しくて胸を痛めていた。それは子供の恵理にもその思いが伝わった。
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