第一章 壊れた家族

「俺、船は陸に上げてきた。もう船には乗らない。今は陸から釣ってるんだ」

いつかは言わないといけないのでこの際、開き直って言った。今度は怒鳴らないで逆にひょうひょうとした口調で。

「陸からなんて、たいした稼ぎにならないってお父さん言ってたよね」

「うるせえ! もう決めたんだ」

「それじゃあ、船を売らなきゃね。ローンがまだ始まったばかりじゃない」

「あの船は俺の命より大事なものなんだ。売る訳ないだろ!」

「何を訳のわからないこと言ってんの?」

「お前、何もわかっちゃいないんだな。海の漁師にとって船は命であり誇りなんだぞ!」

この一言に矛盾を感じた智子は

「いくらそんな宝物でも海に出て魚を捕らないとただの飾りでしょう!」

「何だと。お前、漁師の誇りを傷付けやがったな」

というと、今まで智子には暴力をふるったことなどなかったのにごく自然に体が反応した。

「この野郎!」

智子を突き飛ばしてしまった。

この一部始終を見ていた恵理がたまらず言った。

「お父さん、やめて」

突き飛ばされたまま起き上がろうともせずもう何も語らなくなった母を見ているとかわいそうになった恵理は泣き叫んだ。

やっと立ち上がった智子は漂流事故の時に体調を崩して迎えに行けなかったことに負い目を感じていたのでここは、夫の意見をいったん尊重してあげることにした。

「そうね、お父さんも船も無事に帰ってこれたことだし、その話はやめましょう」