その直後、安田は美沙に慶子と別れたことを告げ、心の堰(せき)を切ったように美沙への想いを吐き出し、ついに交際を申し込んだ。しかし、安田の期待は大きく裏切られたのである。

安田と美沙との仲は、慶子という存在があって成り立っていたのだった。それがなくなった今、美沙にとって安田は何の魅力もないものに変わっていたのかも知れない。それまで安田は美沙の元で一夜を明かしても、男と女の関係は何もなかったという。安田は美沙を、これまでに感じたことのない特別な存在として、大切に考えていたという。

安田にとって、様々な相談に応えてくれる美沙は聖女であった。美沙の助言は、そのお告げにも等しかった。

美沙にとって安田は何者だったのだろうか。占い師の下へ通い詰める一匹の迷える子羊だったのか。それとも、美沙の描いた筋書きを演じるだけのマリオネットだったのか。

安田は一晩中やけ酒を飲んで町を彷徨(さまよ)っていたという。気が付いたときには荻窪駅のトイレで便器を抱え込むようにして寝込んでいた。異様な匂いは、多分その時付いたものだろう。祐介は、安田に着替えを出してやり休むように促した。そして、畳に横になった安田をそのまま部屋に残し、大学の授業へと向かった。

一時間目の西洋美術史の講義で美沙と一緒だった。美沙は祐介の隣に座り、何事もなかったかのように安田のことを聞いてきた。

「安田君、彼女と別れたみたいだけど、何かあったの?」

何かあったのじゃないだろう。こちらが聞きたいくらいだ。こうなるように仕向けたのは誰なんだと祐介は心の中で呟き、美沙の顔を見返した。しかし、美沙は何食わぬ表情で話を続けた。

「昨日(きのう)の夜、安田君、私のアパートに来たのよ。彼女と別れた話を始めたかと思ったら、今度はいきなり俺と付き合ってくれだなんて。どうかしているわよ……」

美沙の表情がいくらか険しくなった。