【前回の記事を読む】「遺影を私に描かせてもらえませんか」――彼は恨みを抱いたまま死んでいったはずだ。詫びたい気持ちに駆られ、彼の母親に…

第5章 安田の肖像

その日の夕刻、祐介は再び安田の家を訪れた。玄関先には忌中の文字が入った白い提灯が吊るされ、花輪も並べられていた。

喪服姿で正座する安田の両親に挨拶した。母親に写真を返し、茶色の紙に包んだ額入りの絵をそっと手渡した。通夜が始まるその前に、安田の母親は祐介の描いた肖像を写真の遺影と差し替えた。

こうして離れた位置で肖像画を眺めてみると、顔を僅かに斜に構え、先の先を見つめているように描けていた。祐介にとっての安田は、いつも何かを追い求める野心家としての印象が強かった。そのせいであろうか。両親にとって安田は、どのような子供であったのだろう。家族の気持ちに添わない肖像画になってはいまいかと、今更ながら気に病んだ。

翌朝、祐介は、一緒に骨を拾って欲しいと言う安田の母親の願いもあって、火葬場に足を運んだ。北見と有芽子、そして咲子が先に来て待っていた。竈(かまど)の扉の前で、棺(ひつぎ)の中の安田と最後の別れを惜しんだ。祐介は、安田の胸元に一輪の白百合の花をそっと置き、手のひらを合わせた。

重い鉄の扉が開かれ、滑車の付いた台が引き出され、その上に棺が乗せられた。そして、それが手押しされ、油臭い暗闇の奧へと運ばれていった。

祐介たち四人は、駐車場に出て火葬場の煙突から立ち上る煙の行方をじっと見つめていた。煙の先は散り散りになって、安田に寄せる様々な思いを道連れにして深い大空へと旅立っていった。

二時間ほどして職員から呼び出しがあり、竈の前に祐介たちは集められた。すでに、竈から白く焼かれた骨が引き出され、祐介たちを待っていた。

職員が白い手袋をして、遺灰を集めるヘラを片手に一つ一つ骨の説明を始めた。そして最後に、頭蓋骨が骨壺に納まるようにと説明して金属の道具を取り出し骨を砕いた。側でそれを見ている安田の両親の表情が痛々しかった。あの気丈に振る舞っていた母親も悲鳴にも似た声を発し泣き崩れた。

両親は、息子の成長をひたすら楽しみに過ごしてきたに違いない。それは、息子に寄せた全ての希望が打ち砕かれる瞬間であったろう。

乾燥し切った部屋の中を遺灰が浮遊していた。祐介は、確かに鼻の奥に遺灰が入り込んだのを感じていた。安田の魂が、体に入って甦りはしないかなどという奇妙な想像をしていた。そして、向かい合った見知らぬ老婆と一緒に、骨の一部を箸で拾って壺の中へそっと移した。

その一時間後に葬儀は執り行われた。祐介は、焼香の列を気に掛けていた。ついに安田は、慶子や美沙、そして最後まで行動を共にしていたであろう小寺にも、見送られることはなかった。