第6章 香澄の肖像

吉祥寺のアーケード街は、煌(きら)びやかにクリスマスの飾り付けが済んで年の瀬が近いことを感じさせてくれていた。その日は、日曜日ということもあって人出がかなり多かった。祐介は、雑踏と店先から流れ出る様々な音が交叉する中で、公衆電話から香澄に電話をした。無性に会いたかった。香澄は看護学校の受験を控え勉強で忙しいはずだが、電話をするとすぐに街中まで出てきてくれた。

アーケード街の入り口で待ち合わせ、これまで何度か通ったことのあるカフェレストラン・シオンに入った。狭い店だが、壁にシャガールやビュッフェの絵がオシャレに飾られ、その絵を見るだけでも心がなごんだ。しばらく会わないでいたことで、祐介は何から話を切り出してよいものやら迷っていた。すると香澄の方から話しかけてくれた。

「マフラー編もうと思うんだけど、何色がいい?」

クリスマスのプレゼントにマフラーを編んでくれるという。グリーンがいいと答えた。そのとき、慶子が祐介に「マフラー貸そうか」と心遣いしてくれた時のことが、ふと頭に浮かんだ。

たぶん忙しい受験勉強の合間に編んでくれるのだろうと思うと申し訳なかった。

今度は祐介の方から、何か欲しいものがあるか聞いてみた。

香澄は、しばらく考え込んでから答えた。

「私の似顔絵が欲しい。それから祐介君のものも」

先日、霊前に飾ってもらった安田の肖像画が思い浮かんだ。

三週間も会わないでいたのに、香澄は会えなかった理由を祐介に一言も聞こうとしなかった。

シオンを出ると賑やかな商店街の店々を一緒に見て廻った。香澄は、祐介に毛糸を選ばせ、祐介は画材を購入した。その後、荻窪の祐介のアパートに、初めて香澄を招き入れた。

部屋に入った香澄は、着ていた厚手の茶色のコートを脱いだ。コートから解放された香澄の甘い香りが、狭い部屋いっぱいに広がった。祐介はスケッチブックを取り出し、香澄を木製の椅子に座らせた。

香澄は、じっと祐介に眼差しを向けていた。少女のような澄んだ目をしていた。祐介は、鉛筆を取り出し薄く顔の輪郭から描き始めた。

 

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