【前回の記事を読む】終電を逃し、そのまま美沙の部屋で夜を明かした。男女の関係は何もなかった。部屋を出る時、大きなベッドと魅力的な美沙を眺めて…
第4章 罠
祐介は、安田とはしばらく会わなかった。一緒になるはずの授業でも見かけないし、どうやら学内に来ている様子はなかった。キャンパスの中央にある大きな噴水を丸く囲んだベンチに一人で座っていると、美沙が手を振ってこちらに向かって走って来るのが見えた。
「祐介君、探していたのよ」
美沙は大きな目を見開いて、興奮したように口早に話し始めた。
「あの後、川村君が来たのよ。ノックされても居ないふりをして、部屋でじっとしていたの。しばらくドアの前をウロウロしている様子で、わたし怖くてしばらく外に出られなかった……」
祐介は美沙を落ち着かせるために、ズボンのポケットからガムを取り出し、その中の一枚を差し出した。ガムが祐介の体温でだらしなくお辞儀をした。
「また、今夜も来るかと思うと……。いや、もうそばに来ていて、どこからか私を見張っているような気がして……」
簡単に男を部屋に入れるから、そういうことになるんだ。自業自得だなと、祐介は自分を棚に上げて美沙に苛立(いらだ)っていた。しかし、普段から無神経な振る舞いが目立つ美沙が、これほどまでに不安に駆られている姿を見ると、ただならぬものを感じ、自分が何とかしてやらねばという気持ちが泉のように湧いてきた。
「美沙に、付いていてあげようか?」
そう祐介は思わず口走って、はっとした。美沙を呼び捨てにしていたのである。頭の天辺(てっぺん)から照れ臭さがこみ上げたが、それはほんの一瞬で、その余韻がすぐに心地良い響きとなって胸元へと広がっていった。
美沙はホッとしたように表情を崩し、今度は泣き顔になって祐介の右腕を両手で固く掴んで揺らした。頼りにされている。そう思うと祐介は誇らしかった。急に嬉しさが込み上げてきた。
その晩も、祐介は美沙の部屋にいた。その日は美沙の二十歳の誕生日だというので、駅前の菓子店でショートケーキを二つ注文し、赤い蝋燭を二本つけてもらった。
美沙が蛍光灯の紐を引いて部屋を暗くした。祐介と美沙はテーブルを挟んで、その赤い蝋燭の炎を見つめた。美沙の大きな瞳に背伸びする炎が映り揺らめいて見えた。そして、頬の産毛もうっすらと金色に光った。祐介は、美沙の誕生日に立ち会えていることに無上の喜びを感じていた。
祐介は、ぎこちなくバースデーソングを歌い始めた。
歌い終わると、祐介が祝福する拍手に炎は傾き、次の瞬間、美沙によって吹き消された。
部屋は、真っ暗になった。沈黙の中で、祐介の手のひらが何者かに衝(つ)き動かされるかのように、美沙の体を探そうとしていた。その時、突然ドアがノックされた。