「いえ、このくらいなら……」

「そんなにきれいなボタン、落としちゃったらもったいないもの。遠慮しないで」

「……それじゃあ、お言葉に甘えて」

リリーは、ベストを脱いでカノンに渡しました。カノンは、さすが仕立屋の店主なだけあって、慣れた手つきでボタンを付け直してくれます。

その姿は、魔法の道具をてきぱきと自在にあやつる魔法使いのようでした。

「青いバラのボタン、とってもすてきね。はい、どうぞ」

「ありがとうございます。助かりました」

ベストを受け取って羽織り直すと、ボタンがきっちりと付け直されただけで、ぴんと背筋が伸びるような気がしました。

「このくらいお安いご用よ。困ったことがあったら、いつでも言ってね」

「はい。ありがとうございます」

そのあと、リリーとカノンは、フルールがすねて少し不機嫌になるまで、ずっと他愛(たわい)もない話に花を咲かせていたのでした。

「おはよう、フルール。今日はお仕事の日ね」

今日は、いよいよ村に春を呼ぶ、年に一度のリリーたちの仕事の日です。

リリーがフルールに声をかけたのは、太陽が昇ってすぐの朝早い時間でした。

馬小屋を掃除し、エサを食べさせ、いつもより念入りにブラッシングをします。

「春を呼ぶ仕事は初めてじゃないのに、まだ緊張するわね。フルールはどう? いつも通り?」

フルールは、その問いに答えるようにリリーに頭をすり寄せます。

「いつも通りみたいね。たのもしいわ。よろしくね」