スポーツノンフィクションの傑作が、今も書斎の机の上にしっかりと置かれていた。
僕はあとでそれを熟読するのだが、剛速球投手から転じて日本で最初に(正確には八時半の男、宮田征典さんが最初かもしれないが)クローザーとなって優勝請負人とまで呼ばれた江夏投手が、日本シリーズで伝説の投球をした、その舞台裏を描いた感動のドキュメンタリーだ。
僕の憧れである野村克也さんが「一緒に野球に革命を起こそう」と先発からの転向を渋る江夏さんを口説いたという逸話もこの日教えてもらったが、きわめて痺れる話である。
「『江夏の21球』を読んで、僕はスポーツ記者になろうと心に決めた。
まあ就職活動は出遅れていたから順調とは言えなくて、大手の新聞社や雑誌社には落ちてしまったんだけどね。なんとか地元の新聞社に拾ってもらった。
それに、僕にはどうしてもこの仕事に就きたかった理由がもう一つある。今日は、君にこれをもらってほしい」
そう言って差し出されたのが分厚い古びた大学ノートで、表紙に「池永」とだけ書いてあった。
「これはね、同じM大学の野球部でプロ野球選手を夢見ながらすい臓がんで亡くなった、僕の親友だった池永裕次郎が残したキャッチャーのリードなんかに関するメモなんだ。
3年生で発病して、治療の甲斐なく4年生の冬に亡くなった。
最後に見舞いに行ったとき、池永は僕が記者になろうとしていることは知っていたから、『福田、俺はもうだめだ。せめてこのメモを、お前の取材活動の足しにでもしてくれ』。
それが最後の会話になった。これは言ってみればあいつの形見なんだ」
【前回の記事を読む】チームは強くなっていたものの、しかし僕は徐々に自分に不満を感じ始めていた…