第二章 中学野球編
僕らの地区でもっとも強豪といわれていたのが私立仁成学園中等部で、昨年もかなり競った試合をしている好敵手だった。谷本先生は英児を出来るだけ温存して地区を勝ち抜きたいという考えを示した。
「とにかく中学野球は連投にうるさい。1回戦の頭は沢村でいくが、あとは出来るだけ今村と佐竹でしのいでほしい。そのためには湯浅、お前のリードが頼りになる」
「分かりました。出来る限りのことをやります」
僕は副主将に任命されたことにやりがいを感じ、はりきっていた。
五月晴れの日曜に市立球場で行われた1回戦には、両親も応援に来てくれていた。1回戦の相手は同じく横浜市立の綱島第三中だったが、正直、戦力の差は歴然としていた。僕も真紀さんも念には念を入れて偵察はしていたが、選手の士気はきわめて低く、マークすべき相手もいないようだった。
案の定、英児の前になすすべはなく、5回までヒットどころか外野に打球が飛ぶことすらなかった。8割程度で流していたにもかかわらず、だ。日吉南は相手の主戦投手をつるべ打ちに打ち込んだ。
1番センターの松井は初回から粘ってフォアボールで出塁、2番の2年生、桜井がこれを送って、3番のキャプテン坂本は鮮やかなセンター前ヒットであっさり先制した。
4番ピッチャーの英児は申告敬遠となった。いたし方ないところだ。
5番ファーストの中島は2ボール2ストライクからの5球目、当たりは今一つだったが持前の怪力でボールをライト前に流し打ちで運び、坂本をホームインさせ、英児は俊足を飛ばして三塁へ。
1死一、三塁となって僕の出番が来た。特に力みはなく、我ながら冷静だった。観客席からは両親の声まで聞こえた。
「太郎、思い切っていけ!」
「頑張って! 太郎!」
僕はここまで毎日素振りを欠かしたこともなく、走り込みをさぼったこともない。身長は160センチあまりだったが、それが幸いして相手投手は投げにくそうでもあった。
カウントを悪くして3ボール1ストライクとなったそのあとのストレートを、僕は右中間の真ん中へ叩き返した。英児に続いて中島まで巨体をゆすってホームに還り、僕は走者一掃のツーベースを放った。
相手投手は、もう泣きそうな雰囲気だった。もう、日吉南のワンサイドゲームになることは目に見えていた。