第1章 幼い日の思い出
7 遠い日の記憶
夕暮れ時
明くる地蔵盆の当日は、近くのお寺の坊さんが、各町内の地蔵さんを順番に拝んで回る。
頃合いになると、町内から子供たちが大勢集まってきて、祠(ほこら)の前に敷き詰めたむしろに大きく円座になって坊さんを待つ。大人たちもぼつぼつと姿を見せる。
「今、五丁目でやってる。この次や」隣の町会へ偵察に行った子が戻ってきて報告をする。
やがて黒い夏衣をまとった坊さんがやってくると、野球のボールより少し小さいくらいの珠が沢山つながった巨大な数珠が、子供たちの前にぐるりと置かれる。
坊さんは地蔵さんにお経を上げ終わると、神妙にひざを揃えて待っている子供たちの輪の真ん中に立って、一声大きく「ナンマイダァ」と唱えた。
子供たちはそれにつられて「ナンマイダァ! スッポイダ! 坊主の頭ぁはりとばせ!」と声を張り上げながら、大きな数珠を順ぐりに回し始める。
「坊主の頭はりとばせ」とは何とも物騒な文句ではあるが、子供のころは何の疑いもなく、年々語り継がれる通りに唱えた。
坊さんは手に持った鉦(かね)をカン、カン、カンと打ち鳴らしながら自分も一緒になって、「ナンマイダァ! スッポイダ! オラ坊主の頭ぁはりとばせ!」と唱和する。
大人たちは子供らの後ろに立ってニコニコしながら見物している。
「声が小さい! もっと大きな声で!」と坊さんはハッパをかけ、子供らはあらん限りの声で「ナンマイダァ……」と、大きな数珠を回しながらくり返す。