「犬が空を飛ぶか……そんなこと、あるわけないよな……だけど、おまえが飛ばないと、すてろっていうし……そうなったら、ネムがかわいそうじゃないか……なあ、ジド、おまえ、空を飛べるかい? そんなことないだろ……」するとネムが、ニカッと笑っていった。
「おーぐ、どんら。ジド、どんら」
夏の初めの夕方で、まだ明るかった。ネムはジドをつれて、両親といっしょに林のなかの原っぱにいき、いつものように、ジドにむかって大声でピョーンといった。
ジドは、ためらうように父さんと母さんをみたが、ネムがもういちどピョーンというと、わかったというように、両足をそろえて高くはね、ピョーン、ピョーンという声に、耳をひらいたり、とじたりしながら、近くの木のてっぺんにとどくほど、高くとんだ。
ネムは、ふたりがおどろいているのをみると、うれしくなって、もういちど大声でピョーンといった。するとジドは、耳を水平にして、木のまわりをゆっくりとまわり、ドーンという声でおりてきた。
ネムがよろこんでだきしめると、しっぽをはげしくふって顔をなめ、ネムは誇らしさで、大きな口をあけて笑った。
その夜、父さんと母さんは、おそくまではなしあった。ネムとジドを旦那の屋敷につれていって、ジドの飛ぶすがたをみせてやろう。そうすれば、ジドはちゃんと家で飼えるようになるし、ネムもよろこぶ。
それに、なにより、ジドを飛ばせることがわかれば、それが、ネムの仕事になるかもしれない。そうなれば、どんなに安心だろう。そんな話をして、わくわくしていた。
つぎの朝、父さんと母さんは、ネムとジドをつれて、屋敷にいった。
ジドが空を飛ぶときいて、旦那はおおよろこびだ。
さっそく庭につれていって、犬を飛ばせるようにといったが、ネムは、どうしていいか、わからなかった。ジドが飛ぶのは、ほかの人にみせるためではないからだ。
それで、最初は、うんといわなかったけれど、父さんがこまっているのをみると、ジドにむかって、ピョーンといった。だが、ジドは、その場にすわったきり、動こうとしない。
「ジド、飛んでおくれ」
母さんがやさしくいった。
しかし、ジドは、耳をうしろにねかせたまま、動こうともしない。
それをみて、旦那がいらいらしたようにいった。
「やはり、この犬は役立たずだな」
母さんはジドにだきついて、泣きそうな声でいった。「ジド、いい子だから、飛んでおくれ。そうしないと、みんな、あの家にいられなくなるんだよ」
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