【前回の記事を読む】「どこに、つののない鬼がいる。おまえは赤鬼の赤べえじゃない。人間だ。」仲間にそう言われ、びっくりして頭に手をやると…

つのを折った鬼

どのくらい時がたったのだろう。気がつくと、まっ白な砂浜にたおれていた。どこからか、ゴーッ、ゴーッという、奈落の底からわきあがるような音がきこえてくる。よくよくきくと、どうやら自分の腹のなかからのようだ。

―ああ、腹がへったなあ。どこかに食いものがないかなあ―

よれよれになった体をやっとの思いでおこすと、ずきずきと痛む首をまわして、あたりをみた。あたりには、死んだイルカ一匹、落ちていない。赤べえは腹をかかえて、ぼんやりと海をみつめた。

すると砂のむこうから、ふいに人間の影がうかびあがった。網をもっているところをみると、漁師のようだ。人影は、こっちにむかってやってくる。赤べえは片膝を立てて、海をみているふりをしながら、まちかまえた。

漁師はそばにくると、のんびりした声で、

「みかけないお方だが、こんな所でなにをしていなさるのかね。なにか、めずらしいものでもみえるのかな」

そういいながら、顔をのぞきこんだ。すると赤べえはいきなり立ちあがって、漁師の首を力いっぱいしめつけた。

「おまえを食おうと思って、まっていたんだ」

しかし、力いっぱいしめつけた、と思ったのは、赤べえだけだった。飢えと疲れで、力はほとんど尽きていたのだ。漁師は、いともかんたんに赤べえをほうり投げると、その体に馬乗りになって、所かまわずなぐりつけた。

「おれをとって食うだと? ふざけるない。この鬼のなりそこないめ!」そのうちに、仲間の漁師たちもあつまってきた。

「こんな鬼は、ひと思いに殺してやるほうが、身のためだぜ!」

その言葉とともに、腹を激しくけられて、赤べえはまた闇のなかにしずんでいった。