そのとき、もうろうとした意識のなかで、おだやかな声がきこえてきた。
「やめなされ。この男のどこが、鬼だというのかね。つのなぞ、どこにもないではないか。してみれば、人間じゃ。鬼だの、鬼のなりそこないだのといって、人をあやめたら、なんとする」
「だども、きもいりさま……」
―おにのなりそこない……ちがう、おいらは鬼だ……れっきとした鬼だ……鬼だ……おに……
それっきり、なんにもわからなくなった。
波の音に目をさましたとき、朝日はすでに浜いっぱいにさしこんでいた。体じゅうが痛み、力がすっかりなくなっていた。赤べえは日に照らされたまま、じっとよこたわっていた。
そのうちに、小さなカニが一匹、顔のすぐまえにやってきた。思わず口をあけると、カニはなかにはいってきた。つづいて一匹、また一匹……なんにも知らないカニたちは、ぞろぞろとなかにはいってくる。口を閉じてかむと、バリバリという小さな音とともに、甘い汁が、口のなかいっぱいにひろがった。
思えばきのうから、いや、そのまえの晩から、なんにも食べていなかった……ああ、腹がへった……なんでもいいから、口にいれたい…… 赤べえは、ボロのようにたよりなくなった体をひきずって、水辺にいった。
そしてあたりに落ちている海藻をひろうと、手あたりしだいに口にいれた。こんなクズみたいなものは、これまで食べたことがなかった。