大学の友達やゼミの同期はまだまだ駆け出しだ、ゼミの先輩もまだまだ若く、とても人の世話まで焼けそうにない。
思案にくれた松葉は、その晩一睡もできなかった。
これからどうすればいいんだ、本当に売ることができるのだろうか俺に、と松葉は大いに悩んだ。松葉の全身に、不安が重く圧し掛かってきた。次の朝、朝食を取る気にもなれなかった。
あの青二才が言った、物が造れればよいというものじゃない、という言葉が耳鳴りのように次から次へと響いてくる。
社長の親父が、東京で販売なんぞできるものか、とせせら笑ったのも思い出される。
息子が希望を持って上京しようとするとき、何でこの人はこんなことを言うのだろうか、と思った。
よし! やれるか、やれないか、やってみなければ分からない。できないことなんてあるか。良いものは必ず売れる。
しかし今、その確信が大きく揺らごうとしていた。
松葉は、絶対このままでは帰れない、だめだったとでも言おうものなら嘲り笑われ、だめな息子だ、といつものようにそこら中に吹聴されるに違いない。
それにもまして、自分の信じていたことを否定されることに我慢できなかった。堪えられることではなかった。
このままでは、帰れない。絶対帰れない、と松葉はあとには戻れないと自分に言い聞かせるかのように唱えていた。
その日は、どこにも出かけず、一日中ホテルで悶々とした時間を過ごしてしまった。
いつしか夜も更けて、外の喧騒が静まりかえっても、どうやってアポイントを取ったら良いか、その方法が分からなかった。
眠れぬまま、朝を迎えた松葉は、先日会社にやって来た工業デザイナーの森山さんの弟さんが、東京で建築関連の仕事をしていると言っていたのを思い出した。
【前回の記事を読む】単なるリップサービスだった? 挨拶すると早くこの場を去りたいという態度の協調融資に参加している銀行の頭取
次回更新は8月18日(日)、8時の予定です。