「下着と洗面用具だけを持って、一刻も早く受付にお越しください。なお感染症の患者さんの出入り口は、一般の患者さんとは別になりますので、わからなかったら、必ず職員にお聞きください」
かなり早口でしゃべって電話は向こうから切れた。とりあえずアパートに戻り、下着を一週間分かき集めた。
あとは、ふだん使っている洗面入浴セットを用意し、病院から指定された入院保証金は院内にATMがあるそうなので、そこで下ろしていこう。
体調の悪さでフラフラして、しかも、入院という初めての経験に不安と緊張感が高まるなかで、私は準備ができたことを伝えるために、病院に電話をかけた。書類にそう指示があったのだ。
「公共交通機関は、使ってはいけないんですよ。民間の救急車を手配いたしますので、それをご利用ください」
検査から帰ってきて、また熱が上がって具合が悪かったので、なにを言われても、そのときの私は従っただろう。三十分ばかり待っただろうか。玄関のチャイムが鳴った。
仰々しく防護服を着た男性が立っていた。
「坂本曜さんですか? 部屋の戸締りをして後部座席にお乗りください」
「あの、何日ぐらいかかりますかね」
私の問いに答えはなかった。
立っているのもやっとの状態だったので、黙って男性の指示に従った。民間の救急車は、タクシーより乗り心地が悪かったが、もうこの時点でなにかを考える余裕はなかった。
ビニールで仕切られた後部座席のシートに深く座ると、安心するよりこれからどうなるんだろうという不安が大きかったが、そんなことを考えるより、私はただ疲れていた。
【前回の記事を読む】若い男に三千万円を騙し取られ、ぼけたと思われた私は施設に入れられた。何か月も経ったが、誰一人面会に来ることはなく…
次回更新は7月29日(月)、20時の予定です。
【イチオシ記事】「気がつくべきだった」アプリで知り合った男を信じた結果…
【注目記事】四十歳を過ぎてもマイホームも持たない団地妻になっているとは思わなかった…想像していたのは左ハンドルの高級車に乗って名門小学校に子供を送り迎えしている自分だった