そこにはひとり、男性なのか女性なのか見分けがつかない人が立っていた。
本校の学生だろうというのは分かった。手にクリーニングしたと思われる制服を持っていたからだ。でも女性のわりにはボーイッシュな髪型をしている。短めのスポーツ刈りのようだ。髪型だけでいえば男性だった。
しかしよく見ると、顔つきは女性らしいところも見える。ちょっと中性的な宝塚の男役みたいな感じ。服装は白いパーカーのトレーナーにスリムジーンズ。厚底のスニーカー。至ってシンプルだ。でも顔はノーメイクだった。宝塚みたいにばっちりメイクではない。
「あんたもバイト?」
男役は(もとい)ボーイッシュな女性は、あずみに聞いてきた。
声を聞いたら分かった。やはり女性のようだ。
「あ、はい。制服はこの段ボールの中みたいです」
あずみは、こんな学生いたかなと思いながら答えた。
「そう」
ボーイッシュな女性は、口ぶりからすれば、あずみより上級生のようだ。見た目も大人びている。大人びているというか、どちらかというとある意味大物のオーラがあった。それくらい堂々としていた。学生のタマじゃない……。
でも大学内では、上級生とはいえ、こんな大物見掛けたことがない。病院バイトでもいたかどうか記憶にない。バイトでは、初日の顔合わせのときにだけ来られなくて、途中から参加する学生もいるから、もしかしてあずみは知らなかっただけなのかもしれない。
しかし、バイトに参加したのだから、看護学部の学生であることは確かだ。
「何?」
あずみがあまりに呆然と立ち尽くしているので、女性のほうから声を掛けてきた。
「あ、いえ、なんでもありません……」
語尾が小さくなりながらも、そう言い残して一礼して部屋を出ようとした。
ところが―。
「あっ、ちょっと! あんた!」
女性が呼び止めた。
あずみはびくっとした。それくらい女性の呼び止め方は唐突だった。そして今この瞬間にも、自分が相手に対して、どんな失礼な態度をとったのかとすごい勢いで考え始めた。
「ねぇ、あんたって一年よね?」
今までは、という意味だろう。実際は今日から二年だ。でも、それを訂正している余裕はない。
「あ、はい。そうです。あの、一年の……篠原といいます」
あずみは心臓が速く鳴るのを自覚しながら、そう答えるのが精一杯だった。
【前回の記事を読む】あれだけ意気込んでいたのに、どうしたのだろう……。微かな違和感と共に始まる新学期
【イチオシ記事】「気がつくべきだった」アプリで知り合った男を信じた結果…
【注目記事】四十歳を過ぎてもマイホームも持たない団地妻になっているとは思わなかった…想像していたのは左ハンドルの高級車に乗って名門小学校に子供を送り迎えしている自分だった