命運
二人は立ち会ったあと道場の近くにある長徳寺(ちょうとくじ)に立ち寄る約束をしていた。長徳寺は猛之進と弥十郎、両家の祖父の代からの菩提寺でもあった。
その長徳寺の和尚の前で猛之進は郷則重を弥十郎に見せることになっていたのだ。住持の恵泉は猛之進と弥十郎が元服前の頃から何かと世話を焼いており、縁者のいない恵泉にとって心情的には子や孫を見る目で二人を見ていたのである。
猛之進は寺の庫裡で弥十郎と恵泉が見守るなか、持ってきた刀袋の紐を解いて丁重に家宝の佩刀(はいとう)郷則重を取り出した。
「おお、これが相州正宗十哲(そうしゅうまさむねじってつ)の一人に数えられる名工郷則重の一振りですかな」
鞘(さや)から解き放たれ凄みを帯びる刀身を目の前にして、恵泉和尚がため息と共に感嘆の声を洩らしたが、弥十郎は鋭い目つきで黙然と見入っていた。
「どうだ、弥十郎。これが紛い物に見えるか」
弥十郎は見ても良いかと断りの言葉を口にすると、太刀を手に翳(かざ)してみたり水平にしたりと一心に刀身を見ていた。暫くして自分なりに納得がいったのか抜き身を鞘に収めると断言するように言ったのだ。
「確かに拵(こしら)えは見事な出来栄えだ。……だが、これは郷則重ではない」
「何を申すか。おぬし如きに何がわかる。これだけの出来栄えを有した太刀など我が藩中いや、この国広しと言えど他にはあるまい。弥十郎、おぬしの見立てなどあてになどなるわけがないわ」
猛之進は太刀を袋に仕舞い、今にもこの場を後にしようとする気配をみせた。