命運

恵泉を見詰めていた弥十郎の細い目から怒りが失せ顔付は少し穏やかになった。

「ふむ、和尚の申されるとおり、それがしの言い種も大人げないものでござった。猛之進、たかが知れた刀ひと振りのためにこのように争うこともなかろう」

「ふっ……何を申すか。元を正せばおぬしが言い出したことであろう。それに、我が家宝をたかがひと振りとは何だ」

憤る猛之進を無視するように弥十郎は言葉を継いだ。

「江戸表に居た頃のことだが……幕府の足元である市井の町人共は刀を人斬庖丁と呼ぶ輩もおるくらいだ」

「それが何としたのだ」

「であるからにして……刀などというものは家宝とするには無用の長物ではないのか」

弥十郎はそう言ったあと、自分の口にした言葉が面白かったのか口辺に笑みを漂わせた。その横で恵泉和尚が笑い声を上げた。

「いやいや、これまた無用の長物とはよく言ったものじゃ」

「和尚までもが我が家の宝刀を愚弄する気でござるか」

猛之進は凄みを利かすと恵泉を睨んだ。

「さてさて……猛之進殿。その様に怒りを表に出してばかりいては治まるものも治まるまい。少しは高ぶる気持ちを抑えるがよかろう。片意地を張ってばかりいてはつまらぬことで我が身を滅ぼすことにもなりますぞ。ここはお前様の奥方の兄である弥十郎殿の顔を立てて身を引きなされ」

恵泉から諭すようにそう言われると、流石に猛之進もこの場は憤りを抑えるしかなかった。二人は寺の庫裡(くり)を後にしたがそこから見える参道に人影はなく、既に辺は日が落ちて薄闇が漂い始めていた。