「待て待て……それがしの言うことが気に障ったのなら許せ。おぬしの言うようにそれがしの目利きが曇っているのかもしれぬ。確かにこれだけの出来栄えを無名の剣に見るのはこれが初めてだ」

弥十郎は息巻く猛之進の気持ちを鎮める為に一応詫びる言葉を口にしてみせたが、本心ではないことはそのあと続けた言葉にも表れていた。猛之進は気色ばむと噛み付いた。

「何が無名の剣だ。出来栄えが優れているのは則重の作だという証ではないか」

「地肌を見る限りでは則重と言っても良い。唯、刀身の反りの深さに違和感を覚えるのだ。茎先(なかごさき)の佩表 (はきおもて) を見させて貰っても良いか」

少しは怒りも静まったのか猛之進は掠れた声で、よかろうとだけ言葉を零した。

猛之進の許しを得て弥十郎は柄の真田紐を解き目釘を抜くと、柄から外れた茎があらわれた。見ると、そこには則重の銘が刻まれている。

「どうだ、弥十郎。よく見るのだ」

猛之進は勝ち誇った顔で弥十郎を見た。

「うむ、確かに則重と刻まれておるな」

「これでも則重ではないと申すか」

「銘はあるが疑う余地が無いとは言えぬ」

「まだそのようなことを申すか。おぬしは、口にすれば反り反りと言うが……出府のおりに一度しか目にしたことはないのであろう。いずれにしろ、反りなどどうでもよかろう」

「いや、それがしには納得できぬ。確かな目利きの拵え屋に一度見てもらったがよかろう」

「こやつ……ここまで確かなものを見て何を言うか。おぬし、我が家に家宝があるのを僻目(ひがめ)で見ておるのであろう。片腹痛いわ」