薔薇のしるべ

(再会)

ふと兆した不安に典子は心の中で頭(かぶり)を振った。そんな事があるはずがなかった。自分を奮い立たせ、あの頃のマリを見つけようとした。必死に向けた目の中にゆっくりと茉莉の姿が動いた。

それは一歩、更に一歩典子の方に歩み寄ってきた。典子は息を詰めた。知らずに胸元に両手を合わせていた。

手を伸ばせば触れるほどの所まで来ると、茉莉は足を止めた。典子に向けられた視線は瞬きもせず冷たいままだったが、唇が動いた。

「来てしまったわ。……謎めかしたものに乗せられて」 

「……」

一瞬息を呑んだ。投げやりの他人事のような物言い、胸の踊る言葉を期待していたのではなかったが。―― それでも典子には十分なのだと思えた。

昔と少しも変わらぬ声、それを聞いたのだ。二人を隔てていた見えない扉がようやく開かれようとしている。

「ええ、本当に来てくれたのね!」

懸命に微笑み、そう声に出したものの、それが幼稚っぽいだけでなく、茉莉の言った事への受け答えになっていないのに気付いた。それでも何か言葉を発しなければ再び見えない扉に閉ざされそうな気がした。

「こんな嬉しい事」まっすぐに茉莉を見た。「こんな奇跡のような事って、とてもひと言では表せないわ!」典子は必死に声を出した。

ふと茉莉の表情が緩んだように思った。瞬きもなく据えられていた眼が、何かを探るように動いた。その視線をゆっくりと戻して言った。

「人を担いだ話ではなさそうね」低いがはっきりした言い方だった。嬉しさと同じほどの驚きとでまっすぐに見られなかった。茉莉の言う事がわからなかった。

「あの手紙が届いた時、一体何の事かと思ったわ」茉莉は言い、口元に薄い笑いをにじませた。

「二十年もの後に、内容もさる事ながら、本当に本人からなのか、驚くよりも、怪しんだわ」 

「……」

典子はやっと茉莉の言おうとしている事がわかった。それは無理もない事ではあったが、索漠とした想いが胸を突いていった。

―― 私がマリを思わない日はなかったほどだが、茉莉にとってその歳月は、断ち切れたまま、私とは無縁の時間だったのだ――

典子は次の審判を受ける思いでわずかに顔を上げた。目は変わらず冷ややかな光を沈めていた。