薔薇のしるべ

(再会)

「成田に?……」思わぬ事に典子は動揺を隠して訊いた。

「それは……いつ?」茉莉は典子が尋ねた事も全く耳に入らなかったのか辺りに目を回した。

家のある一帯は海に突き出る岬の付け根にあたっていた。僅かな平地と切り込んだ沢が連なり、タブや椎など常緑樹の緑に覆われている。その所々にコテージ風の建物の上部が覗いている。

前の道路を下っていくとほどなく漁港に出るけれど、海は岩山の陰になって見えない。

「住所を見たら成田と同じ千葉県だし、こんなに外れた所だと思わなかったのよ」茉莉は再び、こってりとした緑だけの四方に目を流した。

「それが、まあ、何て所なの!」

「ごめんなさい。こんな所まで来てもらって」典子は咄嗟に詫びた。

「ここは本当に交通の便の悪い所なの」

横浜からここまで、アクアラインを通れば車で二時間ほどなのだが、高速道路を降りてから、難渋する事になる。房総丘陵の山道を一時間も走らなければならない。似たような景色の続く中に幾つものゴルフ場がある。

この別荘にしても元々は、典子の父がゴルフ目的で建てたものであった。更にこの時期は至る所、放縦(ほうしょう)に伸びた竹が一様に枯色になる。『竹の秋』というのだそうだが、新緑の景色をひどく雑然としたものにしてしまう。

「それにしても……」

茉莉は顔を典子に戻すと、しげしげと見つめた。

「随分と意外な所で、また随分と変わった生き方を選んだものね」目にありありと怪しむ色が動いている。 

「驚いているでしょう?」

典子は唇の端を凹(くぼ)め微笑みかけたが茉莉は何も言わなかった。 

「いいえ、驚く以上に」問いかける眼差しを向けて続けた。

「きっと呆れ返っているでしょう。きっとそうだわ。それでさっきは……私を……」

典子は思わず口を衝いて出ようとする言葉を呑み込んだ。その逡巡が何に因るのかわからなかったが―― 私が茉莉の姿に戸惑っている以上に茉莉の方も、私の変わりように言葉を失っているのだ―― と思った。

当然の事なのだ、小さな苗木が森になってしまうほどの時が経ってしまったのだから。茉莉の表情が動いた。はっきりと苦笑を見せて細まった目元。吐息をつく口調で言った。

「その通りでもあるわ」 

「誰も皆、同じ反応をするの。呆れて言葉がないって」

典子は懸命な笑みを茉莉に向けた。