そう言った伊藤医師に倣って看護師たちも声を揃えた。
「それはよかったね」
渋谷氏は空いている椅子を引き寄せた。
「積丹半島へ行って来たんだけど、車で大混雑していたねぇ」
「天気がよかったですからね、でも海はきれいだったでしょう」
伊藤医師が口をもぐもぐさせながらそんなことを言う。辺りには寿司の匂いが拡がっていた。
「うん、絵里子が喜んでねえ、よかったよ。でも蟹がいないと言ってちょっと機嫌が悪かったなあ」
「絵里ちゃん、蟹なんか好きなんですか?」
赤毛の看護師は目を丸くした。
「子供は小さな生き物に目がないからね」
渋谷医師は目を細めて茶を啜った。穏やかな一時だった。日曜の夜は少しずつ更けていった。休日出勤でクサっていた看護師たちも思わぬ土産で気分を直し、わいわいとさざめきながら箸を動かしていた。
一方渋谷医師は手のひらで湯呑みを玩び、なかなか席を立とうとしない。それは職員に馴々しくしない彼には珍しいことだった。伊藤医師がそのことに目敏く気づいた。
「院長、何かお話でも?」
「えっ、いや別に‥‥」
そう言われて渋谷医師はドギマギした。確かに彼は漠然とことばを探していた。そこに集まっている皆に告げなければならないことがあったのだ。
ところが伊藤医師に先を越されて身構えてしまった。何故かはよく解らないが、あのことはまだ報せるべきではないと考えてしまったのである。
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