赤毛の看護師がぺろりと舌を出した。
「イヤなこと言わないでよう」
二人の女が声を揃える。
「そういえば昨日‥‥院長先生、小学校へ行ってらしたわよねえ」
そのことばにサッと皆の視線が集まった。
「いえ、大したことじゃないんです。恩師の方が定年だとか、学校が建て替えになるとか‥‥そんなお話でしたけど」
「ふぅん、それでこれを貰ってきたと言うのかい?」
伊藤医師は薄笑いを浮かべていた。
「まあ、要らんことは言わない方がいいぜ。院長の判断で行なったことなんだから」
彼は顎でドアを示した。そして四人はがやがやと出ていった。診察室には骸骨一人が残った。長年の標本稼業で不動の姿勢には馴れていたのだが、間近でしげしげと眺められるのには閉口した。
あまつさえ当人を前にして汚いだの不気味だのと罵って、危うく身を乗り出して文句を言うところだった。だがそこは我慢のしどころだった。今下手に動いては計画が台無しになる可能性がある。
それに一つ屋根の下とはいいながら、皆が渋谷医師に好意を持っている訳ではないらしいのだ。それが何よりも不思議に思えた。
「ソレニシテモ、アノ二人メ‥‥」
骸骨は全身をギリギリと軋らせた。今度夜勤の時に手ひどく脅かしてやろうかと息巻いた。だがそれで迷惑を蒙るのは結局渋谷医師の方なのだと気がついた。
「先生ニ免ジテ、コノウッ」
そう呟くと、身体をカシャカシャ鳴らしながら、骨だらけの貧弱な拳骨をドアの方へ突き出した。何だか余り怒っている風にも見えなかった。
夕方ドライブから戻ると、渋谷医師は寿司折りを下げて二階のナースステーションに向かった。ちょうど六時になるところだった。
「ご苦労様、これ皆にお土産」
そう言って手渡された包みに看護師たちは歓声を上げ、伊藤医師も頬を綻ばせた。
「ちょうどラーメンでも頼もうかと思っていたところなんですよ、ご馳走になります」