第1章 バーカー仮説
4│バーカー仮説提唱後の逆風
ルーカスの栄養プログラミング説│nutritional programming
ルーカスは、このような動物実験で得られた事象が人にも当てはまるとすれば、臨床面でも、公衆衛生学的にも、非常に重要なことであると述べています。
その上で、バーカーについて、彼の生活習慣病胎児期起源説は素晴らしいものであるが、統計的解釈が不正確、不完全であると批判しています。ルーカスは「fetal origins hypothesis(胎児期起源説)」よりも「postnatal origins hypothesis(出生後起源説)」 がより重要だと主張しているのです。
実際に、ルーカス はヒトの場合にも、動物実験で見られたように、感受性期に「栄養プログラミング」が起こることを報告しています。
一般に、ヒトの疫学データは動物実験とは異なり、ほぼ後方視的研究です。しかし、これでは早期の栄養プログラミングが心臓病や糖尿病の遠因となるとの確実な証明はできないし、公衆衛生上の予防対策とするには不十分であると考えました。ルーカスらはこの反省に立って、ヒトにおける前方視的な研究を行いました。
ルーカスは、1982年~1985年にイギリスの5病院で出生した 1,850グラム以下の未熟児926人について、8歳までフォローしましたが、その割合が98%という驚異的なものでした。
母乳栄養群と人工栄養群(一部混合栄養)の2群で、神経学的発達と骨密度を評価しました。その結果、母乳栄養は人工栄養より、神経発達や骨の成熟が促進されると報告しています(注1。
ルーカスは、「バーカー仮説」に対する強烈な批判者でもありました。彼は「バーカー仮説」が「胎児プログラミング仮説」と呼ばれていることに対して、出生前の因子を批判し、出生後の栄養こそ問題だと主張していました(注2(注3
後に、胎児期の栄養もプログラミングを起こすことを認めています。思うにルーカスは、遅れてきたバーカーが「胎児プログラミング仮説」の提唱者として脚光を浴びているのに反発したのかもしれません。