物心つく頃に始めたこの習慣は、今でもルーティン化している。泳ぎ始める前に、必ず身体の確認のため、プールを数往復する。その日のプールの状況や水の温度、堅さもこのとき分かる。練習の力加減や、自分の体調もある程度ここで分かる。

幼稚園のときだった。当時小学三年生か四年生ぐらいの男の子と二十五メートルの競争をしたが、勝負にもならない完敗を喫した。悔しくて、情けなくて、家に帰ってから、兄の麗央の胸をどんどんと叩いて泣きわめいた。麗央は叩かれるままに叩かれていた。そして、泣き疲れて寝てしまった。目が覚めたとき、麗央の膝にもたれていた。まぶたがぼってりと重たかった。

麗央は慌てて、冷凍庫のアイスノンを取ってきて、愛莉の目に当てた。冷たさが気持ち良かった。どちらからともなく「ふふふふ、ふふふふ」と笑い合った。母が部屋に入ってきた。そして、大慌てでアイスノンを取り上げた。

「目がしもやけになったらどうするの」

母は愛莉の顔を確認して、「あら、まあ」と、頓狂な声を上げた。

「しもやけになるようなことじゃなかったのにごめんなさいね。早く治るように一生懸命考えてくれたのね。ありがとう」と、麗央に言った。

麗央は「この次頑張ろうね」と言って、愛莉の頭を撫でた。麗央に「次、頑張ろう」と言われれば、本当に次は勝てそうな気がした。次の日も夢中で練習をした。

その頃から、スイミングスクールの中で数名の特別指導の選手が選ばれ、いつもその中に入っていた。コーチがつくことで水泳の姿勢を整えていった。

姿勢が美しくなると、飛び込みやターンの後の伸びも良くなった。水の中でぐいぐいと伸びていく。タイムも伸びていく。タイムが良くなると楽しくなる。小学校の間はずっとそんな感じだった。

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