第1章 自分の特徴は自分でもなかなか把握できない
新たな環境のなかで小さな気づきが増える
M君との対話(ゲノム・遺伝子・行動遺伝学)
おじいちゃん:まず、最近のゲノムの研究成果について少し話をしようか。
ゲノムというのは、DNA(デオキシリボ核酸/deoxyribonucleic acid)における4つの塩基の配列に表された遺伝情報すべてのことをいうんだけれど、塩基には、アデニン、シトシン、グアニン、チミンの4つの種類があって、遺伝子の情報はこの塩基配列によって決定されている。
その情報に従って体内でタンパク質がつくられていて、このタンパク質がヒトの体を構成している細胞を作る材料になる。こういったとても巧妙な仕組みで、人間は外部から栄養をとって生きていけるわけだ。このDNAにおける塩基配列こそが遺伝子なんだ。
しかし、おもしろいことに、最近、DNAの塩基配列以外にも遺伝情報があることがわかってきた。代表的なのは、塩基の一部がメチル基と呼ばれる物質と結合することだ。こうなると、メチル化した部分は遺伝情報が伝わらなくなる。
そして、メチル化を起こす原因が食生活や運動などの外部環境といわれている。M君もこれからいろいろなことを経験すると思うけど、結果として遺伝子のはたらき方を変えてしまうかもしれないね。
そして、遺伝子と環境との関係を研究している「行動遺伝学」の最近の研究をみてみると、さらにおもしろいことが報告されているんだ。
年齢と収入に対する遺伝と環境の寄与率について研究した研究者がいるんだけれど、年齢が上がるにつれて、遺伝とその時々の環境である非共有環境の影響が強くなることを報告している。
別な言葉でいうと、家庭環境などの共有環境の影響が年齢とともに少なくなって、遺伝と家庭以外の非共有環境の影響が強くなってくるということだ。遺伝情報が具体的にどう変化するかはわからないけれど、とても驚くべき話だね。
おじいちゃんがこのグラフを見たとき、どうしても自分のこれまでの人生に重ね合わせてしまうんだ。おじいちゃんが小さいときは、とても引っ込み思案で内気な性格だった。
よそのお母さんからも、ひとりでいるときは本当に借りてきた猫みたいだとよく言われた。考え方もとてもネガティブだった。でも、その内気な少年が30年のちに、自ら決断して難しい研究開発に挑戦し続ける研究者になるとは、自分でもまったく予想できなかった。
そして、それは高校、大学、大学院、社会人時代と、厳しい経験やたくさんの素晴らしい人との出会いとが詰まった非共有環境のなかで、眠っていた「チャレンジ精神」が次第に現れていったからではないかと考え始めたんだ。