穢多の女童
時に源五郎にとって太田の家とは、偉大な曾祖父道灌の流れを汲む家で、その名跡を守っていかなければならないと思う一方、日和見な父や犬猿の兄とを思うにつけ……なげやりな、
「もう、どうでもよい」と捨て鉢の気持ちになる時がある。
しかしこのような話を聞くと、やはり太田の名は残さなければならない。
という強い使命感にかられるのだ。
俺は道灌公のようになるのだ……。
という思いは、実家に居場所を無くした孤独な心寂しい小童の、なけなしの尊厳や矜持であり、それが最後に残された心の拠り所でもあったのだろう。
「おぬしらもまた、戦国の世に振り回されておる、という事か……」
人の避けられぬ運命に重荷を背負うかの鬱屈を感じ、気分を変えようと話を変えた。
「先日話した武田と今川の戦に、やはり北条は援軍を出すであろうな?」
「へぇ、相模の村々に大がかりな動員がかかっているようで、やはりそうなるでごいすな」
「北条の戦ぶりをこの目で見ておきたいものよ……」呟く源五郎に熊吉が、
「よかったら案内するでごいすよ」と言ったものだ。
「まことか?」
すでに源五郎に惚れ込んでいる熊吉は、
「この身に代えましても、案内いたしますだ」
という変な物言いに源五郎は笑った後、さすがに国元を離れる訳にもいかんだろう……と思い直し言った。
「そのような仕儀になったら頼む」
この後、関東の各勢力下の穢多の動きなどについて聞いた源五郎だったが、実になるような話は聞く事が出来なかった。
「良い話が聞けた」
話を切り上げると善右衛門宅を出て、つき丸と川で遊ぶまゆに別れを告げ帰路についた。