源五郎出奔
源五郎は初めての旅籠に戸惑いながら見回すと、二十畳ほどの広い板間の中央には串に刺した魚を遠火で焼いている囲炉裏があり、その板間を土間が取り囲み、土間の一画には竈があった。
板間には草鞋を脱いだ七人ほどの旅人が休んでいる。
壁や仕切りは無く、皆が寝具も枕もない板間で雑魚寝するのがこの時代の旅籠であり、季節が下り寒くなれば金を払い筵(むしろ)を手に入れる事も出来た。
仔犬と下人を連れた小童と言っていい牢人の姿を見て、訝(いぶか)し気に旅籠の主が声をかけてきた。
「お泊まりで?」
「あぁ、二人と……土間で構わぬのでこいつを」とつき丸を指差した。
主は少し嫌そうな顔をしたものの承諾した。
「夕餉と朝餉はどうなさりますか?」
「頼む」
「ではお一人二十四文になります。お犬のほうは……」と少し考えた後、
「十文頂きますかね」
「こいつの飯はこれで頼む」木の器を差し出し、源五郎は二人と一匹分の五十八文を支払い、中央の囲炉裏から遠い場所の、つき丸がいる土間横を陣取り、ごろりと横になると熊吉もそれに倣い横になった。
「午睡でもするか」
「お疲れになったでしょう?」
「それほどでもない。少し休んだらまた城を見て廻ってくる」
「また見て来ますだか?」
「あぁ、城の防備や攻め口、築城の法も合わせて良く見ておきたい」
「今はお味方の城ではねぇですか?」