リセット
転院先の病院はベッドが埋まっていて、予定ではあと二週間、旭川にいるはずだった。ところが急遽ベッドに空きができ、転院の運びとなった。
自室で私服に着替えたあと、斉藤さんに脈拍を測ってもらっていると、となりのカーテンが開き、亀ヶ谷さんが顔を出した。
「そろそろかい?」
「ええ、もうすぐです。ほんとうにいろいろとお世話になりました」
「富良野もいいけど、旭川もいいからまた遊びにおいでよ。今度来たときは、おいしいものをいろいろ食べに連れてくから」
「はい、ぜひ。亀ヶ谷さんが横浜に来るときは、案内させてください」
僕は度数が半分以上余ったテレビカードと、たこ焼きスナック・タコちっちの甘辛ソース味を彼に手渡した。
「それから、あまり髪はいじりすぎないほうがいいと思うよ。わたしのまわりでも、シャンプーしすぎたり、育毛剤をつけすぎる人のほうが何もしない人よりも薄くなっている。みかん酒だって合わなかったら、やめていいから」
「ほどほどに、ですね?」
「やだー、また二人で育毛話?」
血圧を測りながら、斉藤さんが笑った。
「斉藤さんも教わっておいたほうがいいですよ。生活が不規則なんだから」
「わたしは平気よ。よーし、今日はバイタルオッケー。髪もオッケー。それじゃあ来見谷さん、頑張って育毛するのよ」
明るくVサインをして斉藤さんが部屋を出ていくと、亀ヶ谷さんは、豆乳ひとパックと七味唐辛子ひと瓶を僕にさしだした。
「育毛したいのなら、ちゃんと髪の栄養になるものを摂らないとね」
「豆乳はわかるけど、この七味唐辛子はなんですか?」
「わたしの従兄(いとこ)は、それで毛が生えたって言っていたよ。唐辛子にはカプサイシンっていう成分が入っていて、それが髪にいいんだって。イソフラボンと一緒に摂るといいらしい。カプサイシン・プラス・イソフラボンでカプイソなんて呼ばれている」
「……カプイソ……ですか」
「次の病院でも納豆や味噌汁くらいは出るだろうから、それにふりかけてみて」
「やってみます」
両親が荷物を取りに来た。タクシーに積みこむためだ。
「それじゃあ、来見谷さん頑張って」
「亀ヶ谷さんもお元気で。手紙書きます」
僕は、亀ヶ谷さんとガッチリ握手をした。帰りぎわ、僕は車椅子でナースステーションへあいさつによった。
ナースステーション内はバタバタとしており、看護師は半分もいなかったが、それでもその場にいる看護師たちは、みなで「おめでとう」と祝福してくれた。