七.中渡牧場
重盛は答える。
「確かに、生産乳量は少ないから、収入は少ない。しかし、乳量を求めないということは、買ってくる濃厚飼料や化学肥料がかなり少なくてすむ」
「そして、牛に無理をかけないから、乳房炎は少ないかな」
「結果的にコストはかなり減らせる。だから、最終的に手元に残る所得は、たくさん牛がいて搾っているところと同じぐらいかな」
「濃厚飼料はどれぐらいですか」と山川が尋ねる。
「一頭あたりだいたい四kgぐらいだ。周りと比べて半分以下になるかな」
重盛はそう言いながら、育成牛のスペースに移動するように促した。
育成牛たちは今、放牧地でのびのびと草を食んでいるが、牛舎に自由に戻ってこられるようになっている。育成牛のスペースの飼槽には、乾草(かんそう)がたっぷりと与えられている。
「うちは一番草(初夏から盛夏にかけて刈る草)しか収穫しない。しかも乾草だけだ」
重盛の言葉に、山川は少し驚くようにして聞いた。
「一番草のシーズンは、根釧原野では海霧(千島海流と黒潮がぶつかって発生し太平洋から南風に乗ってやってくる粒の大きい霧)が多いと思います」
「だから、一般に一番草はサイレージ(牧草を酸素がない状態で乳酸発酵させる保存法)がほとんどですよね」
重盛は、ゆっくりと答える。
「だからうちの一番草は、八月に入ってからだ」
「八月になれば、根釧原野でも太平洋高気圧に覆われて、晴れが続く」
「人間の欲で、栄養のある若い草を刈る、ということはしない。根釧原野で乾草が取れる時期にあわせるんだ」
「硬い乾草でも、牛たちはよく食べてくれる。それに、牛のルーメン(第一胃)もよく発達するようだ」
「糞をよく見てみろ」