序章

ある年の夏、中渡牧場。

私は家庭菜園の庭仕事の手を休め、よっこらしょと母屋の離れの縁側に腰掛ける。

「あーもう腰がすぐ痛くなっちゃう。もうすっかり年だねぇ」

そんなことをつぶやいていると、カブの音が近づいてきて、玄関先に止まる。孫の夏美が帰ってきたらしい。

夏美が縁側にやってくる。根釧原野では、夏でもバイクに乗るにはちょっと肌寒くなる。夏美は薄いコートを脱いでスッと手にかけると、私に声をかけた。

「ただいま。おばあちゃん」

「ああ。おかえり。夏休み実習だったものねぇ」

「お茶入れようか」と夏美が言った。

「いつも悪いねぇ」と私が返す。

夏美は、やかんにポンプアップした井戸水を入れると、レンガで組んだロケットストーブの上に置いた。

ロケットストーブの(たき)口に、庭で集めておいた乾いた小枝を手際よく積むと、シラカバのよく乾いた皮を焚きつけにしてマッチで火をつけた。

すっかり髪が白くなった夫は、家庭菜園でカボチャやジャガイモの手入れをしたり、簡易ハウスでトマトの手入れをしている。もう一つの簡易ハウスでは、キャベツや白菜の苗立てをしている。

家庭菜園は、耕すことはほとんどない。庭の森から落ち葉を集め、土の表面にマルチとして敷き詰めている。あとはほんの少しの化学肥料を使う。真っ黒な土は軽く掘り返すことができるほどやわらかくて、ミミズがたくさん住んでいる。

ニワトリが庭を歩き回っている。卵を与えてくれる存在である。エサは家庭菜園の副産物で、鶏糞(けいふん)を土に戻してくれる。手作業でできる菜園がここにある。少しの肉と魚と米があれば、あとは食べていけるだけの食べ物が得られる。

やかんからシュウシュウと湯気が上がった。夏美は茶筒から少しばかりの番茶の茶葉を急須に移した。やかんのお湯を急須にゆっくりと注ぐと、落ち着いた香りが縁側に漂った。