「所でお師匠様、先月の興福寺勧進申楽を拝見させて頂きました。特にお師匠様が一緒に打たれた『翁』は、素晴らしいものでございました。初めて『翁』を拝見致しましたが小鼓方が三丁で打たれる姿は力強いものでした。『名人』の宮増様、『都の名手』幸様とお師匠様の響きは壮観でございました」
幸四郎次郎忠能は、伝説の名人と伝えられる「宮増親賢(みやますちかかた)」に学んだ当代一の小鼓の使い手である。
現在一九代まで続く「幸流」の祖である。
「宮増様も六五歳、これが最後と話しておられました。私自身も、緒を握る左手の具合が思わしくないのです」
「翁の様に激しい音のときの『甲音(かんおん)』が、痛いようなのです」
りきは、少し顔を曇らせながら話した。
「それはご用心なさらねばなりません。お茶は血の流れを良くしてくれます。寿永の時代(平安時代の末)から茶は薬でございますから」
「宗易様が謡に励まれるように、旦那様も茶の湯の稽古にご精進くださいませ」
りきに再び笑顔が戻った。りきを見ていると、宗易も自然と心が和むのを感じていた。
「お師匠様、『翁』ではどうして、舞台の上で『面』を付けたり外したりするのでしょうか」三郎は座を改め、静かに語り始めた。
「ご存じの様に、面は、五色の幕の内側にある『鏡の間』で付けるのを常とします。カガミとは『カガを見る』の意。カガとは蛇のことです。蛇は脱皮を繰り返しますから、『永遠の命』の象徴でもあります」
「確かに家の『カカ様』は『山の神』。睨まれている私は、鼠のような者です」
「宗易様は楽しいお方ですこと」
りきは無邪気に笑った。