となりで寝ている亀ヶ谷さんが、カーテン越しに話しかけてきた。

「……ええ。……なんだか気持ちが昂ぶっちゃって」

「……今、なん時?」

「……ねんじ」

「……へ?」

「……小林ねんじ」

「……よくそういうくだらないこと、思いつくねぇ」

亀ヶ谷さんは感心したようだった。

「……そうか、眠れないのか……。男にとって長い入院っていうのも……その……困るよね」

「……亀ヶ谷さんは困るんですか?」

「……私は年だからそんなことはないけれど、男にはその、男の生理っていうものがあるだろう」

「……ああ……そっちのほう……。今はそんなことないなぁ……。もしかしたら……恥骨も折れていて……(ぼっ)()障害なのかなぁ……。性欲がないのは嬉しいですが」

「……嬉しい? ……どうして?」

「……ハゲの進行が止まるじゃないですか。男性ホルモンが放出されると毛が抜けるっていうし」

「……ふうん……。でも、来見谷さんてハゲてるかい?」

「……髪型で誤魔化しているんですよ……M字ハゲだから」

「……ああ。M字は、上から見ないと目立たないっていうね。……男性ホルモンと関係しているとも」

「……ええ。でも、僕の場合、不思議と、腕毛とか胸毛とか……ないんですよね」

「……ストレスで抜けたんじゃないの……ストレスでも男性ホルモンが(ぶん)(ぴつ)されるんだって」

「……そういえばハゲたのは……残業続きの、忙しい時期だったなぁ」

足音が近づいてきた。カーテンが開き、懐中電灯が顔を照らす。見回りの看護師だ。

僕はタオルケットを半分かぶり、息を殺した。看護師は暗闇の中でしばらく動いていたが、やがて足音とともに遠ざかっていった。