その日、まず午後五時十一分に櫻井氏から夫人に連絡が入っている。
「今、仕事が一段落ついた。これから帰るつもりだが、おふくろの芳名帳を取りに実家に寄って帰ろうと思う。そんなに遅くはならないだろう」
それは、単に時間が空いたから立ち寄る、といった程度の予定変更に聞こえた。もともと櫻井氏の母親が亡くなって近々一周忌の法要があるということは、夫人も聞かされていたことだった。夫人は何の疑問も感じることなく、櫻井氏の電話を終えたという。
「ご主人が仕事終わりに実家に寄られることは、これまでにも何度かあったのですか?」
「ああ。主人だけなら、たまに寄ることはあったようね」
おやっと思った。
「あの、ご主人だけなら、というのは?」
ああ、と言って夫人が答えた。
「主人はね、わたしたち家族をあまり実家に連れて行きたくなかったみたいなの……」
家族を実家に連れて行きたくない?
「パパはね、実家での暮らしを今でも大切に思っていて、それを家族であっても壊されたくなかったのよ」
真琴がフォローをするつもりで説明をしてきた。続けて夫人も答える。
「主人の実家はね、この辺りと違って昔からの住民が多く暮らす地域なの。だから、家族であっても外部の者はちょっと踏み込めないようなそんな雰囲気もあってね。自分だけの城っていうのかしら。そんなふうに実家のことを思っていた節があったの」
生まれ育った地域のことを大事にしている、誰にも邪魔されたくないというのは、あり得そうな話だ。あずみもそれで納得がいった。
「だから、あまりあの家には家族と一緒に行くことはなかったわね」
「それではあの火事の日は、やはりご主人は偶然実家に立ち寄った、という感じだったのですね?」
あらためてあずみは問うた。
「そうだったと思うの。前もって予定していたのなら、仕事終わりに寄ったりしなくて朝から行っていたと思うのよ。そういう意味でもすぐに済ませて帰るつもりだったんじゃないかしら?」
あずみもうなずいた。
「それでそのあと、またご主人から電話があったのが夜十時を回ったころだった……」
「ええ」