【前回の記事を読む】「豊かな情操を養う」ことの証明の難しさ…音楽科の目標の曖昧さが及ぼした影響
第1章 「楽しさ」と「実感」がある授業のために…
1-2 心(ココロ)──豊かな情操とは、美とは
第9次学習指導要領においても、「音楽科の目標には、心に関わる記述が5つあり、他教科と比較しても多く単独一位」※1と指摘されています。
音楽という教科は、あまりに抽象的な面をもっているのかもしれません。音楽の授業では、歌唱や器楽、鑑賞等の活動が行われますが、その内容は一見分かりやすいように思われます。まさに歌を歌えば歌唱であり、楽器を演奏すれば器楽、レコード(CD)で音楽を聴けば鑑賞、といった印象がそれです。
しかし実は、音楽科は、何を学べばよいのかということ、すなわち内容が曖昧・不明確※2でした。「多くの教師は何を指導しようということを考えて指導案を作るのではなく、どういう活動をさせようかということで指導案を作るのである」※3という指摘で明らかなように、歌ったり楽器を奏でたりすることは活動(行為)であって、いわば国語における「読む」とか「書く」という活動(行為)に該当するため、内容ではないわけです(先掲の、例えば『さくらさくら』『ふるさと』、あるいは「楽典」等は内容です)。
こうしたことは、学習指導要領の改訂によって〔共通事項〕※4が設定される等の改善が図られたものの、〈5-2〉〈5-3〉で後述するように、戦後一貫して基本構造は変わっていません。
結局は、ある楽曲の演奏が目的とされ、声量等の身体的条件も影響する※5音楽科の学習が、主にその出来栄えで評価が決まるならば、断片的な技能を向上させることに留まるものであるといわざるをえないのです。
それでは〈はじめに〉で触れた各能力が意識されずに活動が行われることになり、これから先のどうなるか分からない世界をみんなで生き抜いていくための力として、全教科等を通して行われる資質・能力の育成が音楽科においては為されないことになります。
※1『教育研究』75(5)、不昧堂出版、2020、pp.26-27. において、髙倉弘光が比較表を掲出した上で指摘している。
※2 小島律子「音楽科教育と教科専門との関連を考える」『教科教育学論集』1、2002、p.73. に「音楽科教育が悩んできた問題の一つに、教育内容の不明確さということがある」という指摘があります。
※3 同上。
※4 平成20年版では〔共通事項〕、平成29 年版では〔共通事項〕イ)となっています。
※5 身体的条件を楽器の状態で例えるならば、調律がされていないピアノを用いて演奏した場合にも、美しい響きが得られるか否かということと重なります。