「みやけ」と並んで、古代史ではっきりさせなければならないのは、一般に余り理解されていない「任那・みまな」の意味でしょう。現在でも任那に関する歴史資料としては、日本書紀と宋書など一部の大陸の記録によるものしかありません。そこで、書紀の記述の中から、任那に関する文章を抜き出して、それを内容別に分類することによって(帝紀順や年代順を無視して)任那の実態に迫る試みをいたしました(整理ノートは省略)。その…
[連載]僕の古代史
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歴史・地理『僕の古代史』【第6回】橋本 正浩
日本書紀や宋書など一部の記録にしかない「任那・みまな」の意味とは?
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歴史・地理『僕の古代史』【第5回】橋本 正浩
「官家」は「官(つかさ)の家」なので「役所」。これを「みやけ」と呼ぶには抵抗がある
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歴史・地理『僕の古代史』【第4回】橋本 正浩
朝廷の直轄領を表す「屯倉(みやけ)」。民衆にとっては「穀物倉庫=御宅(豪族の屋敷)」
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歴史・地理『僕の古代史』【第3回】橋本 正浩
故郷を「国」と呼ぶ理由は?古代の「みやけ」=里、郷=クニの名残!
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歴史・地理『僕の古代史』【第2回】橋本 正浩
国家が先か屯倉(みやけ)が先か?「みやけ」の本来の意味は…
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歴史・地理『僕の古代史』【新連載】橋本 正浩
稲作の広がりに併せて全国に広がった、古代社会の基盤と思われる「みやけ」の解明