【前回の記事を読む】命そのものである赤い色「朱」を古代の人たちが求め続けたワケ
転校
「一方で、この洞窟は水平に掘り進んでいる」
今度は右手の指を人差し指から小指に向かって掻き取る様子をしてみせる。
「ここはとても硬い岩でできているので、掘るのは難しかったと思う。岩ができた時代はあそことここでは違うが、朱が吹き出てきたのは、同じ時代だったのか、別々の時代だったのか、掘られた時代が別々だったのか、一緒だったのか。まだよく分からない。ひょっとしたら、あそことここでは同じ時代に、別々のグループ、例えばここは徳島の人が掘る、こちらは香川の人が掘る所、そっちは兵庫の人の作業場なんてことがあったのかもしれない。出てきた土器なんかから、いろんな地域の人たちが集まって作業をしていたらしいことが分かっている。ひょっとしたら、日本中のいろんな所から職人が集まってきて、里の方で共同生活をしながら、ここで朱を掘っていたんじゃないかなんて考えるのも楽しいしね。それがこれからのおじさんの研究の課題だな」
はるなは、
「どうしていろんな地方から来た人たちが作業をしていたと分かるの?」
と不思議に思って尋ねた。
「土器や石器、あるいは鉄器なんかは時代や地方によって、形や組成が少しずつ違っているので、それらを詳しく観察する。それからこれは、今からの宿題だと思うけど、成分分析ということをするとかなり細かなことまで分かることもあるんだよ。また、この次、発掘されている土器を見せてあげるね」
そして、山田は這はいつくばるようにして入り口から洞窟の奥を指さした。
「奥行きは大分あるけど天井は低い。こんな狭い所でどうやって作業をしたんだろうね」
はるなものぞき込んだが、奥の方は真っ暗でよく見えなかった。少しだけ中に入ってみたが、薄暗くて、もしも、この中に朱があるから見つけなさいと言われても、見つけられそうになかった。奥の方は暗くて、手探りでなければ何もできそうにない。
「こんなに暗くて、狭いし、動くのも大変そうで、おじさんはさっきとても硬い石だって言ったけど、どうしてそんな思いをしてまで、ここで朱というのを掘ったんですか?」
はるなは山田に尋ねた。
「それはさっきも言ったとおり、朱がとても大切な物で。んーと、はるなちゃんにはとても大切な物ってあるかな」
「東京の親友がお別れにくれたおそろいのペンダント」
「うん、そうだね。もしもそのペンダントが行方不明になったら、家中ひっくり返して探すでしょう?引き出しの中も、押し入れの中も、ひょっとしたらお父さんのデスクの中から、お母さんのジュエリーボックスの中まで」
「多分」
「そうね、古代の人たちにとって朱というのはそれと同じか、あるいはそれ以上に大切な物だったんだよ、きっと」
はるなは四つん這ばいになって三メートルぐらい中に入ってみた。やはり暗くて、ひんやりとして、空気がよどんでいる。でも、こんな場所で基地ごっこをしたら面白いのではないかと、ふと思った。外に出てきたら、空気が美味しかった。太陽の光がストレートに降り注いできているようで、光に包まれ、一瞬、目の前が真っ白になった。山田ははるなに、
「下の方にさっき掃除をしていた遍路道が見える。この道をずうっと上っていくと太龍寺がある。太龍寺の反対側に降りたあたりにも古代の人が朱の採掘をしていたんじゃないかと思われている遺跡がある。この大きな山に、たった二センチメートルあるかないかの幾筋もの細い鉱脈を、古代の人は、どうやって探し当て、採掘したのか、おじさんは不思議でならないんだよ」
と言った。はるなは太龍寺にはまだ上ったことがない。大きい山と言われてもピンとこない。