「一度行ってみたいな」
と独り言を言った。洞窟から眺めると、目の前に山々が重なり合って、緑のグラデーションが美しい。近くの山は緑、次の山は青緑、その奥の山は青で、やがて灰色めいて、空に溶け込んでいく。眼下に先ほどの遍路道が見える。登ってきた道は、まるでスキーのジャンプ台のようで、直ちょっ滑かっ降こう、転がり落ちるような坂だ。洞窟から下を見ると、下から見上げた時よりもっと急傾斜に見える。山道に不慣れなはるなは山田の手を借りながら一歩ずつ下りていった。
男子たち
その次の週、ゲンタという体格の大きな男子を中心とした男子数人が、
「言葉がちゃう」
「イントネーションがへん」
と、何度もはるなをからかった。はるなが何かの拍ひょう子しに、
「だからさ」
「そうですね」
などと言うと、それをリフレインするようにまねてみせる。掃除の時にはるなが理解できないのを承知で、
「机、かいて」
と言う。はるなが戸惑っていると、
「手伝うつもりがないんじゃわ。怠けたいんとちゃうか」
「そう、そう。掃除なんかしたくないの。きれいなおててが汚れるわ」
と、左右の手をくるくると回し、指を大切そうに絡ませて、からかってみせる。後でみやが、
「机のもう一方を持って、一緒に運んでという意味よ」
と、通訳してくれるまで分からなかった。四宮先生が、
「関口さんは引っ越してきたばかりなので、優しくしましょうね」
「分からないことは教えてあげてね」
「仲良くしましょうね」
と何回も男子たちに注意をした。しかし、あまり効果はなかった。みやが「言葉の違いによるいじめは、じきに収まる」というようなことを言ったので、はるなはじっと我慢をした。はやくその時が来ればいいのにと思った。
ゲンタの引き連れている男子の中の一人、リュウトがはるなの持ち物について気にかけだした。はじめは見ているだけだったのだが、やがて、どこで買ったのかと尋ねてきた。
「日本橋の三越で」
と、答えた。
「日本橋の三越」
がはるなとの溝をさらに大きくした。