【前回の記事を読む】目の前で車が大破。兄のショッキングな死に様に、言葉もうまく出てこず、自分の名前さえとっさに言えないような状態だった。
兄の事故死への疑問
一度、麗央を自宅に連れ帰った。棺を安置しその顔を見たら、また涙が溢れてきた。緊張の糸がプツンと切れてしまった。母は全身の力が抜けてしまったかのように立つこともできず、ただ、麗央の顔を撫でている。父は小刻みに肩をふるわせている。一回りも二回りも小さく見えた。
事故の発生から棺が帰ってくるまでの間に、一体何回「何で? 何で?」と繰り返し泣いたのだろう。玄関脇には蘇芳(すおう)の花がすがりを迎え、庭の奥ではサクランボの花が咲いている。麗央はこの花を毎年楽しみにしていた。せめて一枝枕元に置いてあげたいと思った。
それとは別に、愛莉には、何か合点のいかないものがのどの奥に引っ掛かっていた。引っ掛かりの正体ははっきりとは見えない。しかし何か魚の骨のようなものが、喉の奥に引っ掛かって、すっきりしない。子供の頃からカートに慣れ親しんできた麗央が果たしてあんなところでハンドル操作を間違えるだろうか? ブレーキを踏み間違えるだろうか?
その直前に厳しいヘアピンカーブが連続した後の、緩やかなカーブ、幅員や縁石を利用すればほぼ直線で走り抜けることが可能な、ついついスピードが出すぎる場所をすぎたところだ。その直後にヘアピンカーブがある。スピードを出しすぎ、突っ込みすぎると膨らむ。何周か走っていれば、抑えて走らなければならないところだと分かっていたはずだ。
しかも、コースの中にはあそこより厳しいカーブが何箇所かある。そちらでの失敗ならともかく、このカーブであのような激突を起こす失敗をするだろうか。何かがおかしい気がする。見えなかったはずの兄の顔が見えた気がした。麗央は確かに戸惑いの顔をしていた。ハンドルが何か違う、または、ブレーキが違う、そんな顔をしていた。我ながら妄想だとは思ったが、それを打ち消すことができなかった。
ドイツでも司法解剖が行われた。その報告書は持っている。それでも、もう一度、日本で司法解剖をして、この胸に沈殿しているしこりのようなものを何とかしたいと思った。ドイツのホテルにいるときから、両親と散々話し合い、説得して、再度解剖に回してもらった。愛莉にはどうしても納得のいかない何かがある。その原因を突き止めないことには、麗央の死を乗り越えられない。胸に重たいものを抱えたままでは生きていられない。