【前回の記事を読む】【小説】同級生に連れられた先に待っていたのは、まさかの…

転校

はるなが小さな沢の対岸にきれいな石垣を見つけた。棚田たなだのようなそこには、杉の木が天に向かって伸びている。一緒に来ていた人たちの一人が、

「行ってみるかい?」

と言った。ボランティアの一人で山田と名乗った。父と同じぐらいの年格好の優しそうな人で、ニコニコと笑いかけてきた。遺跡の発掘が仕事だと言う。

「ここは昔、しゅを採掘していた所だ」

と言った。はるなが、

「シュ?」

と不思議そうな顔をして聞き返すと、山田は朱の説明をした。

「五年生だと、もう水銀という液体金属のことは習ったかな?」

はるなは頷いた。

「朱というのもある種の水銀なんだ。銀色の水銀が黄色の硫黄とくっつくと赤くなる。不思議だね。この赤い化合物を朱という。朱は辰砂しんしゃと呼ばれる鉱石から取り出す。クレヨンに朱色というのがあるんじゃないかな、その色が朱の色だ。このあたりの山には、そういう色の鉱物を含んだ岩が何カ所かある。昔々に、地下深くから岩を貫いて、地上まで吹きだしてきていた。そうだなあ、人間の指の太さぐらいの細い筋が何本も、地下深くから地上目指してまっすぐに上ってきている。あっちに一筋、こっちに一筋と、上ってきたんだね」

「いつ?地下深くって、どこから?」

とはるなは疑問を持った。

「んー、おじさんには分からない。恐竜時代か、それより新しいのか、古いのか。はるなちゃんが大人になったら研究してみたらいいよ。ひょっとしたらこのあたりに昔から繰り返し起きている地震の揺れと関係があるのかもしれない」

山田は続けて話した。

「それで、この岩を上ってきて、固まった朱を求めて、古代の人たちは大勢ここに集まってきた。何で分かるかって。朱を掘っていた跡が見つかっているんだよ。縄文時代って学校で習ったかな?」

「うん」

「大昔から、大正時代ぐらいまで、朱は西日本のあちらこちらで、ずっと掘られていたんだ。大正時代には液体金属の水銀が必要で、そのために原料となる朱、すなわ辰砂しんしゃを掘っていたんだ」

「ふ~ん」

「一方で、それよりずっと昔、弥生時代から古墳時代にかけても盛んに朱が掘られていた。その頃は、液体金属の水銀ではなく、赤い朱、大人の言葉では硫化第二水銀ていうんだが、朱そのものを必要としていたんだよ。特に古墳時代なんかは、王族の墓の内部を赤く塗っていたから、朱やベンガラが大量に必要だったようだね。古墳時代に、掘られていた所は何カ所も見つかっている。でも、ここの朱は縄文時代にはすでに採掘が始まっていて、弥生時代にはかなり盛んだったと考えられている。朱というのはとても大切で特殊な色だった。だから、長い年月、古代の人たちは朱を求め続けたんだ」

山田はなおも説明を続けた。はるなも古墳が赤く彩られていたという話は知っていた。

「はるなちゃん、血は何色をしている?」

「赤」

「うん、そうだね。血は赤いよね。古代の人も食料にするために狩りをして、殺した動物から血が出てくるのを見て、多分、血はとっても大事なものだと思っただろうね。ひょっとしたら、命そのものと思ったかもしれない。それから、昔の人たちは、人が何で、病気になったり、あるいは、洪水や地震が起きて死ななきゃいけないのか、不思議に思ったと思う。何か邪悪なものがいて、それが災厄さいやくを引き起こしていると思ったことだろうね。そこで、命そのものである赤い色を魔除まよけのために使っていたらしいんだよ。それに昔は薬でもあったしね」

朱はとても大切で、貴重な物だったらしいということが理解できた。

対岸に渡り、石垣からさらに少し上った所にある、小さな洞窟まで登った。谷の向こうから眺めていた時にはあまり感じなかったが、段々畑から見上げると切り立つような山の傾斜だった。ひと抱え、ふた抱えもあるような岩があちらこちらにあり、足下には人間の頭ぐらいの岩や、あるいは拳ぐらいの石ころがゴロゴロと転がっていた。

山田は慣れた足取りで、木の根や大きな岩を足場にして、苦もなく登っていく。はるなも山田が歩いた所、歩いた所を追いかけて登っていった。時々石ころが足下でごろんと転がり、はるなは転びそうになったが、その度に山田が手を引いてくれた。途中二カ所ほど段差が大きくてどうしようと思う場所があったが、山田が引っ張り上げてくれたので洞窟まで登ることができた。

「途中の、右奥の方に何カ所かあった石ころだらけの所が、朱を掘り出した所で、あのあたりは比較的柔らかい石でできている。あのあたりでは、昔の人は朱を求めて下へ下へと掘り進んでいったようだね」

山田は左の手のひらを立て、指をそろえた。指と指の隙間を朱が上ってきた所になぞらえ、右手の人差し指で壁を掻かき取るように下へ下へと掘り進む様子を再現して見せた。