後に取り残された林太郎は、麻衣たちに心配しなくてもよい、と言うように眼差しを向けた。
男が通した座敷は、十畳ぐらいの広さであった。背中に神棚がある。前には箱型の火鉢があり、鉄瓶が湯を沸かして音を立てていた。どうやら、やくざの親分の家のようだ。お品と麻衣は、神妙に座っていた。ふすまが開いて、誰かが入ってきた。
「あんたたちかね、この忙しいのに、色々難癖立ててきたのは……」
前にどっしり座ったのは、まだ若い武士だった。武士と言っても、三十代の若者だった。着物はキラキラ光る、うろこのような真っ白い着流しの上に、同じ模様の羽織をひっかけている。小暮佐間之助という親分だ。
「何だい、言ってくれ!」
その若者は、片膝立てて座ると、お品と麻衣に顔を向けた。男前である。鼻梁は整い、口は大きからず小さくなく、閉まっている。そのうえ、頬骨がきりっと上がっているのだ。お品と麻衣は度肝を抜かれた。
お品は口が震えている。麻衣は、こんな人に……と思っている。
「あのね、見世物小屋で、この人が受けた被害はどうするのです」
と麻衣はお品に代わって言った。こんなのに負けたら、どうするのさ、と思っている。口は伝法調だ。
「フフフ、おれはそんなことは、知らないさ」
「だって、あんたが、仕向けたんだろ」
「おれはそんなことは知らねえ。この男がしたんだろ」
と傍に控えている男を顎で示す。男は黙ったまま、下を向いている。
「そうだけど。じゃあ、この話をあんたは知らないというわけね。それじゃ、もう話すことはないわ」
麻衣は立ち上がりかけた。
「ま、待て! おれは知らないが、この男は話があるのかも知れねいで」
小暮佐間之助は神妙に、麻衣たちを見ている。
「あっしも知りません」
「何を!」
男は、傍の男をバシッと扇子で叩いた。
「何か言い分があるのなら、言いやがれ!」
「は……」
男は、しゃがんだまま、下を向いて息をしている。