女盗賊 紅葵
麻衣は周辺の道に水を撒く。乾いた道がしっとり濡れてくる。今は六月の初めだ。吹く風もかすかに涼しいが、柳の枝から緑色の葉が垂れて生き生き踊っている。一通り水を撒くと、麻衣は家に入った。ここは料理茶屋の佐々折家だ。
「あ、今日は、岩井さまが来る日だった……」
ひとり呟いて、指を折る。岩井さまというのは、旗本の岩井家の長男だ。家を継ぐので、遊びはもう大概にしたらよいのだけど、岩井家の長男は、一向に遊びをやめない。いつも家来みたいに付いている三人の仲間を連れてやってくる。三人とも旗本の次男だ。
「おう、来たぞ!」
と扇子を仰ぎながら、騒がしく入って来る。麻衣は顔を曇らせたが、表面はにこにこと愛想よく迎える。
「いらっしゃいませ。どうぞ!」
と四人を見つめる。麻衣は二十歳の女だ。家は旗本なのだが、秘密にしてこの茶屋で週に三日ほど働いている。働き出して、もうかれこれ一年になる。岩井家の長男は、名前を新之助と言った。新之助は、家に入るとすぐに言う。
「麻衣さんに酒を持って来させろ!」
茶屋の女将は、心得たもので、「はいはい……」と笑顔で答える。新之助は、家が裕福なので、支払いがすっきりしているのだ。麻衣は、本当は新之助が嫌いだった。いつまでも遊んでばかりで、家のことは何もしない。だが、新之助にしたら、内心麻衣を思っているので、いつか自分になびいてくるのではないか、と期待しているのである。
麻衣が酒を運んでくる。本当は、いつもついている三人を何処かへ除けてもらいたいのだが、そこは我慢して、顔はにこにこと麻衣に話しかけるのだ。
「麻衣さん、今日はどうさ!」
酒を運び終わった麻衣は聞く。
「何がどうさ! です」
「そこまで言わなくちゃならねえのか。今日、原草寺の祭りがある。そこに行こうか、と誘っているのだ」
「あら、よく知っているわね」
麻衣は笑った。勿論断るつもりだった。だが、急に考えを変えた。
「そうね、何時も断ってばかりだから、今日は、一緒に行こうか!」
とニンマリと新之助の顔を見た。新之助は、また断られると思っていたのに、返事が良いと言うことなので、びっくりした。
「え、一緒に行くと言うのか」
「ええ……」
麻衣は微笑んで新之助を見た。新之助は、胸がきゅんとなった。俺と麻衣が一緒に歩いて祭りに行くと言うのだ。新之助はつばを飲み込んだ。
「そうか。それなら、おれは出口で、待っている」
とすんなりと言えず、ゆっくりと語った。
「わかりました」
そう言って麻衣はこの部屋を出て行ったのだ。新之助は言った。
「お前たち、わかっただろう。今日はもう帰ってくれ!」
三人はにやにや笑いながら、去って行った。