【前回の記事を読む】【小説】しつこい侍崩れの親分に困り果て…ひらめいた策とは?

小屋の中の男と女

新之助は、このところ毎日料理茶屋に来てはいなかった。時々なのだった。それは剣のこともあるが、その上に公務が父に代わって新之助に与えられたのだった。

父はこのところ体に病変が住み着いたように弱ってきた。家に帰っては、ぜいぜい息を吐きかけている。とても苦しそうだ。それを見て、新之助もぶらぶら遊びにかまけていると言うわけには行けなくなった。やはり家のことは、自分がしなければならない、と心では思っている。それで父の病状が悪い時は、新之助がやっているのだ。

料理茶屋に来るのも、回数が減ったと言うわけだった。三人の悪友たちも、このところ大人しくしている。なんせ遊び相手がいないのだから。

その新之助が、今日来た。珍しく、来てそうそう麻衣ではなく千代を呼んだ。三人の友達も驚いている。

「千代はおらぬか!」

と言っている。

「麻衣の違いではありませんか?」

三人の中の一人が言うと、新之助は怒ったように、

「違う、千代だ!」

と怒鳴りまくる。三人とも首を傾げて「本当かな」と顔を見合わせていた。千代がくると、新之助はやっと安心した顔になるのだった。

「千代、酒を注げ!」

「はいはい、待ってくださいな」

と言い、千代は微笑んで徳利を持ち上げた。静かに杯に注ぐ。注ぎ終わると、新之助は一気に喉に流す。それを何回か繰り返す。だが、五、六杯目に、千代に言った。

「駄目だ、お前は!」

がっくりと首を垂れる。

「やっぱり、麻衣だ!」

そう言って、麻衣を高らかに呼ぶのだった。麻衣は、新之助が千代を呼ぶのを見ていた。今日は、千代ちゃんがいいのかな、と思っていた。千代は千代で、申し分のない女なんだ。私より若いし、ま、仕方がないとそう思っていたのだ。それが、また麻衣だとは……。

「はいはい、わたしです」

麻衣が部屋に入って行くと、新之助は、麻衣をじっと見つめるのだった。

「俺は、やっぱり麻衣さんだ」

新之助は、「酒を注げ!」と麻衣に自分の妻のように言った。麻衣は、当たらず障らず酒をつぐ。新之助はそれを一気に飲んだ。

「うまい!」

麻衣の酒が一番だ。

そこで麻衣は新之助に、あることを囁いた。

新之助は、はじめ目をせわしなく動かしていたが、やがて、やろう、と答えた。