麻衣とお品と新之助は、佐間之助の家に行った。来るのが分かっていたのか、麻衣たちはすぐに座敷に招じ入れられた。待つ間もなく、佐間之助は、今日は赤のきらきら光る着物を着て現れた。
「今日は友達かい、男が増えたな」
と扇子であおぎながら、三人を眺める。新之助はまぶしそうに、赤い着物を着た佐間之助をチラチラと見つめている。
「ここは男の客には、用はないんだ」
佐間之助は、新之助を見ながら言った。
「いや、用ならありますよ。女だと話がきちんと終わらねえ」
「ハハハ、それでやってきたのかね」
佐間之助は、新之助をじっと見た。新之助は佐間之助を、穴が開くほど見つめている。
「お前は、昔あったことがある……」
新之助は言う。
「確か、あのころだ」
佐間之助も新之助を、じっと見ている。
「思い出したか?」
「やっとわかったよ、お前だったのか」
「……………」
佐間之助は、十歳のころから新之助の家の隣に住んでいた。だが、佐間之助の父がお金を横領して、一人で逃げたのだ。それで家は断絶、奥方も子供も、家来たちも散りぢりになったと言う。
だが、それは本当に佐間之助の父がやったのか、後からいろいろ調べたのだが、はっきりしないのであった。佐間之助の父に罪をかぶせた人がいた。次第に影が見えてきたころ、当時の殿様は逝去したのだった。新しい殿様が決まるまで、全体がごたごたと忙しなかった。そんな中、佐間之助の父は、藩の中で忘れ去られて行ったのだった。
「懐かしいな」
「別に懐かしいなんて、思ってねえや」
新之助は、佐間之助を懐かしそうに見つめる。佐間之助は、目をそらし、固い表情であらぬ方を見ていた。
「どうして、こんな商売をやっているのだ?」
「…………」
「何で、ここにいるんだ」
「帰ってくんな!」
佐間之助は強く言った。佐間之助は後ろを向いたまま、前を見ようとはしなかった。しばらく新之助は座っていたが、やがて立ち上がる。
「帰ろう」
二人を促しながら、歩いて行く。麻衣は何も言えなかった。昔何かあったんだ、と言うことがわかる。けれどそれを聞くことは出来なかった。新之助と佐間之助の二人の雰囲気からだ。お品も口を閉ざしたまま歩いている。三人で黙ったまま、歩いて料理茶屋に帰ってきたのだ。道の埃が薄く舞い上がっていた。
昔の人は思い出す人。今いる人が本当の人間なんだよ!