虎谷屋の企みとは…

その日、麻衣は貝殻に葵の花を描きながら、耳が悪いって本当に大変だな、と思うのだった。

その晩は、小雨模様だったが、麻衣は、虎谷屋に忍ぶことにした。大体間取りはわかっている。ただ、どうして鍵を落して泥棒に入られたことを皆に知らすことが必要だったのか、調べたいと思った。

いつものように、植込みにすとんと落ちた。植込みはたくさんあって隠れるのに好都合だった。庭も広い。すすすーと忍び足で横切る。廊下の前で、いったん止まって息を整えていると、誰かが出てきた。

人影は店の人のようだ。番頭か? 手代か? じっと見ていると、店の主人の部屋に入って行く。

「ああー来たの。もっとこちらへ……」

主人の声がする。

「だからさ、ここんところお金が足らないのだよ。それで、こうしたらどうだろう?」

番頭の声だ。

「では、こういうことにしましょう」

「………」

「え、また泥……?」

「声が高い!」

後はひそひそ話になって、よく聞き取れない。麻衣は判断した。虎谷屋は、お金がいるのだろう。それもかなりな額だ。だが、お金は足りないので、また泥棒に入られたことにして、急場をしのごうと言うわけだった。

「どうして、そんなにお金が必要なのだろう?」

この前は二千両もあった。千両はそのままだ。あとの千両からは、麻衣が盗ったのは二百両だった。二百両を埋め合わせれば千両になる。二千両もあったのだ。それがたった一カ月足らずで、もう金がないと言っているのだ。

麻衣は考えた。これは、もしかしたら、虎谷屋が何か仕組んでいるのでは、ないだろうか? あるのに、ないと言っているのではないか?

「うーん、虎谷屋が……」

麻衣が廊下のはずれで、考えていると、誰かが横ぎった。ちらっと見ると、男の忍びの者のようだ。じっと見ていると、当主の虎谷屋がいる部屋の扉を開ける。

「ああー、こちらへ来なさい」

「…………」

「ね、わかったら、下がりなさい」

その言葉が終わるか終らないうちに、ドスンと大きな音がした。

「何をするのですか?」

「わたしはもう、あなたの言うとおりに動くのは、嫌なんですよ」と低い声がする。

「これ限りで、おさらばします」とまた低い声がする。

「待ちなさい!」

だが、障子を開ける音がして、黒い忍びの者は消えて行った。後に取り残された虎谷屋は、歯ぎしり噛んで見送るのみだった。